~趣味の世界~
フジミ1/700特シリーズの航空巡洋艦最上です。


外箱は特シリーズの重巡や戦艦と同サイズ。最上のキットは92年頃にタミヤのものを組んだ事があるのですが、年代的にあれは今売られているものではなくリニューアル前のものでしょうか。当時は「重巡の後ろ半分が空母になってるやつ」くらいの認識しかなかったのであまりキットの特徴を覚えていないのですが、淡々と普通に組めてしまって印象に残らない程度には難易度の高くないキットだったのだと思います。そしてこの特-73最上はタミヤのものが2002年頃に現在のキットにリニューアルされた更に10年後の2012年のキット。さてどんなものか。


最上は最上型重巡洋艦の1番艦。前型の高雄型でワシントン軍縮条約・ロンドン軍縮条約で決められた重巡洋艦の保有枠を使い切ってしまった日本海軍は、ロンドン軍縮条約による重巡洋艦・軽巡洋艦の区分によるとまだ軽巡洋艦の保有枠が残っていたのでこれを利用する事にし、後に重巡洋艦に改装できるよう保有枠いっぱいの大きめの船体サイズに軽巡洋艦の規定いっぱいの砲サイズ(155mm砲)を山盛り搭載する艦として計画されました。このため軽巡洋艦として建造され、条約失効後に203mm砲に換装して重巡洋艦となっていますが、対外的には軽巡洋艦のままという事にされており、太平洋戦争中のミッドウェー海戦の直前頃までは察知されていなかったようです。
軽巡洋艦最上として2番艦である三隈とともに1931年に起工しますが、1934年の友鶴事件の影響で設計変更と改装が行われますが、まだ起工するかしないかの時期であった3・4番艦の鈴谷と熊野は設計変更後の線図を用いて建造されたために構造に若干の差異があり「鈴谷型」と別に区分される事もあります。最上はまだ発展途上であった電気溶接など技術的な問題から完成直前までに船体の歪みが生じたために修正を要し、1935年にようやく竣工します。予定では排水量8500tという事になっていましたが、結局大幅に超過して11200tに達していたものの対外的には8636tという事にされていました。しかし竣工してすぐ第四艦隊事件に遭い、波浪で船体が損傷してまた修正を余儀なくされる事となります。1939年には条約失効により予定通り主砲を203mm砲に換装し、事実上の重巡洋艦となりました。
太平洋戦争開戦後はまず南方作戦に従事し、マレー半島東岸周辺で活動。バタビア沖海戦では2番艦三隈と共に重巡洋艦ヒューストンと軽巡洋艦パースを撃破するものの、目標を外れた魚雷により日本陸軍の神州丸他数隻も撃破してしまいます。その後セイロン沖海戦でも戦果を挙げました。
1942年6月のミッドウェー海戦では最上型4艦による第七戦隊に属しミッドウェー島の夜間砲撃に向かいますが撤退指示の遅れから深入りしすぎ、また旗艦熊野の指示ミスから急旋回中に三隈と衝突して艦首を大きく損傷してしまい、そうこうしているうちに敵機の襲撃を受けて三隈は沈没、最上も更に大破に追い込まれます。命からがらトラック島に辿り着くと工作艦明石によって応急修理が行われ、明石と共に佐世保へ入港し本格的な修理が行われます。
ミッドウェー海戦で主力空母を失った補完として、最上は佐世保で艦の後半を航空甲板とする改装が行われ、1943年4月には水上機11機を搭載する航空巡洋艦として改装が完了し、ラバウルへ向かいますがラバウル空襲で損傷し、呉に戻って修理が行われます。1944年の6月にはマリアナ沖海戦にも主力艦隊に属して参加しています。
1944年10月の捷号作戦では西村艦隊に属し、戦艦扶桑・山城などと共にスリガオ海峡海戦においてレイテ湾への突入時に待ち受ける敵艦隊の猛攻により壊滅し、大破炎上しながら退避中だった最上は続いて突入してきた志摩艦隊の重巡洋艦那智と衝突した後も攻撃を受け続けて遂に航行不能となり、駆逐艦曙により雷撃処分されました。



キットは航空巡洋艦への改装後からラバウル空襲で損傷して呉に戻るまでの仕様のようで、最終時として描かれている箱絵では航空甲板上に多数の単装機銃が見えますがキットには単装機銃は付属しません。じゃあ付いてる方買うわ、と思ったらフジミの特の最上はこのキットのみのようですね。


開封。フジミ特らしくたっぷりボリューム。


説明書。デジカメ撮影のが読みづらくて加工も面倒だったので仕舞ってあったスキャナでスキャンしてみました。読み取り設定を覚えてくれず一枚一枚設定しなきゃいけなくて面倒臭いのは変わらなかったもののいくらか読みやすくなっただろうか?5ページ目の中段、J21のパーツ形状が実際と違うのでJ21の下の足を切り飛ばしてダボ穴にそのまま乗せる取り付けにすると良いでしょう。


パーツ上からA、B、C。


パーツ上からD、E、H。


パーツ左上から
G、F、I、
J。


パーツ
K、
L、N。


透明パーツ
P、P、Q、
M、M、M、M。
Pは零式水上観測機(ZEROKAN)、Mは零式三座水上偵察機で、ランナー1枚に2機ずつあります。


デカール。搭載機用のマークが主で艦本体用は旗くらい。



それでは製作開始。船体はまず側面と艦底パーツの結合から入りますが艦底パーツは側面に露出せず、艦底色を塗らないフジミ特に多いパターン。細いパーツはバルジの上端にあたるパーツで、向きが分かりづらいですがパーツ番号とダボとダボ穴の位置を読み間違えなければ問題ありません。


前後の甲板と、艦橋の載る甲板の一層下のパーツを乗せます。一層下のパーツはこれだけ造形してあるのに魚雷の出る穴からしか見えなくなるので少し勿体ない感じがします。


艦橋の載る甲板パーツを仮組みしてみるとどうも合わない・・・


バラスト押さえのパーツを置いてたのがダメなのかと思って引っぺがしてみたけれどやっぱり合わないので甲板の裏を見ると前後方向に走るリブが下のパーツと干渉しているようす。


リブを削ります。フジミ特はたまにこうした干渉するリブが生えてる事がよくあります。


リブを削るとピッタリ取りつきます。ただし前の部分に若干隙間が出来るので接着する時にプラ板などで埋めても良いでしょう。


リノリウム色として43ウッドブラウンに混ぜ物をしたもので塗装。(混ぜ物はレッドブラウンや艦底色などで少し赤みを足して暗くしています。お好みで)


それ以外の部分を32軍艦色2で塗装。


魚雷発射管を取り付けます。ゲート跡は見えない側になるのでレタッチしなくても十分。魚雷室は艦橋の載る甲板パーツの下というよりはそれより後ろの航空甲板の下になります。


航空甲板の舷側の支柱は単純な形状ではないためか1本1本植える必要があります。しかも向きも割と厳密で間違っていると上の航空甲板と合わなくなります。説明書とにらめっこして一つ一つ丁寧に植えてゆきましょう。大丈夫必ず終わりは来ますから・・・


艦橋が載る甲板と、航空甲板を乗せます。航空甲板下の中央付近は流し込み接着剤の筆が届きにくいのでここだけは普通の接着剤を盛ってから合わせた方が作業性が良いでしょう。


上部構造物を載せてゆきます。単装機銃を先に載せたりとかは今回はないので説明書通りで問題ありません。ただし仮組みは入念に。結構すんなり合わない部分があります。


次々と載せてゆきます。ボートダビットが船体の外側に張り出すので段々持ちづらくもなってきます・・・


あらかた載せ終えたところ。マストは最初からひん曲がってたり端の刺さる部分が見えないところにあったりと結構大変。特に後マストの右側の支柱が通るパーツL2の穴が元々開いていないので先に開けておく必要があります。


搭載する水上機を組みます。透明パーツを透明なまま切り離すと行方不明率が高まるのでランナー上で塗装してしまった方が安全。まずは15暗緑色(中島系)で。繊細なモールドをつぶさないように塗料は少し薄めにして塗り重ね、必要以上に塗膜を厚くしないようにした方が結果が良いでしょう。


次に下面を35明灰白色(三菱系)で。中島?三菱?ゼロ観は三菱だけどゼロ偵は愛知だし・・・別にどっちでも。


ゼロ観は細かいパーツが多く注意して組む必要があります。機体本体を中心にランナー上で組むのも手。


ゼロ偵は本体の他はフロート2つとプロペラだけなので較べたら天国のように簡単。ただしプロペラはランナーから切り離す時に砕いてしまいやすいので、よく切れる先の細いニッパーは必須。タミヤの薄刃ニッパーで十分ですが・・・


デカールで他の細かい色は用意されていますが、デカール貼りが苦手な人は塗ってしまった方が楽かもしれません。私はデカール貼り苦手なので塗ってしまいました。赤と黄で大体十分ですが更に細かくできる自信のある人は白も使うでしょうか。赤は好みで良いですが黄は上画像のような58黄橙色よりは4イエローか113RLM04イエローの方が良いかと思います。


機体を運搬台車に載せ、航空甲板上に置きます。ゼロ観のフロート下にはダボ穴が無いので運搬台車の上側のダボを切り飛ばして上面に前後方向の溝をヤスリで軽く掘ってやると取り付けやすいでしょう。説明書通りに配置しようと後ろ側から並べてゆくと前から2番目のゼロ観がレール上に収まらなくなるので並びをアレンジする必要があります。また最上の水上機の搭載数11機は定数であって実際にはゼロ観3・ゼロ偵4の計7機だったそうなので、その数にしておいた方がスマートかもしれません。


もうちょっとでできます!




エナメルフラットブラックを主体に、ジャーマングレー、フラットブラウンでスミ入れとウォッシングをして完成。



やはりフジミ特らしいみつしり感。



目線を下した視点からも非常に見栄えが良いです。とにかく情報量が多い。


各部を観察。主砲塔は竣工時には60口径三年式15.5cm3連装砲塔が搭載されていましたが、後の改装により50口径三年式2号20.3cm連装砲に換装されています。ただし砲身が少し長くなって2番砲塔の砲身が1番砲塔の後面に干渉するので2番砲塔を前に向ける時は少し仰角をつけて上に逃がすようにされており、キットでも2番砲塔用の砲身は他の砲とは違うパーツになっています。砲塔の配置は他の重巡洋艦と違い1~3番砲塔を全て前に向けて斉射できるためこの配置のがメリットが多そうなのに次型の利根型ではまた2番が高い位置になっているのは、航行中に進行方向に向けて撃つ事を日本海軍ではあまり重要視していなかったからかもしれません。(英海軍では正面に撃てる事を重視していたフシがあります)


艦中央部。前型の高雄型では巨大だった艦橋を計画時には踏襲する予定でしたが、友鶴事件の影響による重心の高さの改善と、建造中に予定よりみるみる超過する排水量を少しでも減らすため艦橋は一気に小型化されました。少し小型化しすぎたのか艦橋の居住性はあまり良くなかったといわれますが、一方で最上型からはそれまで乗員がハンモックで寝ていたのが鉄製の3段ベッドになるなど、艦橋以外の居住性では大きく改善されています。
副砲となる高角砲は高雄型までは12cm単装高角砲が後に12.7cm連装高角砲に換装されていますが、最上型では最初から40口径八九式12.7cm連装高角砲が防盾付きで4基装備されています。


艦後部。最上はミッドウェー海戦時に三隈との衝突により艦首を大きく大破した他に爆撃で艦後部も大破していたのでその修理のついでに艦後半の4・5番砲塔を撤去し、元々あった航空甲板を艦尾まで段差なく拡げる改装が行われました。これは空母のように甲板上へ直接発着艦を行えるようなものではなく単なる水上機置き場にすぎませんでしたが、艦への収容は多少手間なものの発艦は迅速に行える水上機を大量に搭載できるという事は、まだ軍事衛星も高性能レーダーも無い時代では艦隊の周辺状況を知るには飛行機を飛ばして見てくる以外には自分で行って見てくるしかなく、艦隊の視野の確保にとって非常に重要な事でした。また巡洋艦の役割的にも元々偵察を請け負っていたので偵察能力が高まったのは言うまでもありません。


右舷に回り艦尾。甲板は上げ底されていますが航空戦艦改装後の伊勢型のような格納庫は持っておらず、同じく艦後半を航空艤装に特化させている利根型と用途をほぼ同じくする偵察機能重視の巡洋艦といえます。この運用思想は水上機がヘリコプターに置き換えられて現代でも巡洋艦・駆逐艦のポピュラーな形態となっています。


再び艦中央部。航空甲板前半の下層には魚雷室があり、横穴から発射管を突き出して魚雷を発射します。発射管は九〇式61cm三連装魚雷発射管で、九三式酸素魚雷も発射可能となっています。バタビア沖海戦で第16軍司令官今村均中将座乗の陸軍特殊船「神州丸」他数隻の輸送艦などが唐突に雷撃で撃沈されたのは、近くで交戦中だった最上等護衛艦隊の魚雷の流れ弾だったといわれています。


再び艦前方。前マスト上には特徴的な21号電探が装備されています。機銃装備は竣工時に25mm連装4基と13mm連装2基だったものが全て25mm三連装に交換され、後マスト後ろと航空甲板両舷に4基追加して合計10基となりました。1944年の呉での修理後は更に単装機銃が多数置かれていたようです。



同型である熊野(竣工時)と。


パッと見でわかる違いはまず主砲塔。竣工時の熊野は軽巡洋艦でありまだ15.5cm三連装砲塔を装備しています。軽巡洋艦の艦級のまま大型の船体に中口径の砲を大量に積むという構成は奇しくも諸外国にも興味を持たせ、米国は同様に大型の船体に15.2cm砲を15門持つブルックリン級軽巡洋艦(フォークランド紛争で撃沈されたアルゼンチン海軍旗艦ヘネラル・ベルグラーノが有名)を建造していますが、こちらは重巡洋艦への改装はされていません。


艦中央部同士。機関が最上型では大型8基小型2基だったものが鈴谷型では大型8基のみ(合計出力は同じ)に変更され、艦橋前の吸気ダクトが鈴谷型では無くなり、煙突も集合されていて解りにくいですが前半分の出口が鈴谷型では小さくなり前後とも似た大きさになっています。


艦後半は全然違いますが、タミヤのキットでは鈴谷型に最上のパーツで航空巡洋艦にif改造しようとしても微妙に合わなくて小加工が必要らしいので船体にも違いがあるようです。


次型である利根型重巡洋艦・利根と。利根型も計画時には15.5cm砲を積む軽巡洋艦だったため命名規則が最上型と同じく河川名からとられています。(高雄型までの重巡洋艦は山岳名)


利根型は最初から主砲塔を艦橋より前に集中させ、艦後半に航空艤装を分けていたので砲塔が1基多い分配置はゴチャっとしていますが、前述のように砲は基本的に横に向かって撃つので最上型のように前に全砲門を向けられる事はあまり重要ではなかったのだと思います。利根型も重心を下げる事と排水量の減少には腐心していたので艦橋はよく似た小型のものが踏襲されています。


航空艤装同士では利根型ではまだ乾舷の低い後甲板をそのまま利用しているためフライングデッキとの間に段差があり、スロープをつけてそこへ軌条を敷いて後甲板とフライングデッキとを行き来させるようになっていました。最上ではフライングデッキと同じ高さまでかさ上げして艦後半の甲板を全て同じ高さに揃えています。重心は高まるでしょうが利便性は向上していたハズです。こんな大きな板きれを載せた割には、最上は竣工時と比して1000t増に留めたものの最終的に排水量は12200tに達していました。


前型の高雄型と。艦橋の大きさの差が特に目立ちます。


同様に航空甲板が増設された伊勢型戦艦・伊勢。伊勢型航空戦艦は偵察重視の最上とは違い、搭載機が瑞雲や彗星など爆撃機が主体の攻撃用途であったためか本格運用の機会に恵まれず、また搭載予定であった航空隊の転出もあり航空機を搭載しての実戦すら無く、大きな容積の格納庫を利用した輸送船的な利用が目立ちました。それでもやはり同様に航空機を格納するハズだった格納庫を荷物庫にされた軽巡洋艦大淀と共に北号作戦では無傷で資源を本土に持ち帰るなどの活躍を見せました。



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フジミ特シリーズらしい緻密さとボリュームと難易度を持つ満足度の高いキットです。でも初心者には持て余すからといって忌避したりせず、これが欲しい艦なのなら恐れずに立ち向かう事の方を薦めます。オッサンモデラーは全然情報の無い時代にもっと悪い意味でキツいキットを子供の頃から組まされてきたのですから、情報あふれる今の若い初心者モデラーなら出来ないハズが無いのです。キットの値段が昔と違うし高価いキットでおいそれと失敗はできないって?昔の子供とて鼻血の出る思いでプラモ買うお金を工面していましたとも・・・ええ
コトブキヤのフレームアームズ・ガール アーキテクトの塗装をします。


がっつり全塗装すると遊べなくなるので部分塗装に留める方針ですが、装甲グレーやインナーブラックでパーツ分けされていない部分、水色のワンポイントなどは目立つ部分なので塗っておきたいところ。


装甲グレーはFAGマテリアまでは近似色でごまかしていたのですが、特に腹前のグレーの部分の色が違うとかなり目立ってしまうので今回はちゃんと色を作ります。


ウチに大量にある32軍艦色2の空瓶に塗料を投入して混ぜ、グレー成型色のランナーに塗って調整してゆきます。大体書いてある通りに混ぜて塗ったら大分濃いので1ホワイトをどんどん足していったのがランナーに塗られている様子。結局ホワイトの割合は60~70%くらいになったかもしれません。


塗る前に目立つ合わせ目を消しておきます。下腕やスネにも中央に目立つ合わせ目があるのですが、分解できなくなると後々面倒臭そうなのでそちらはそのまま。ガンプラでポピュラーな後ハメ加工というのもありますが、あまりやりたくありません。


調色した装甲グレーを塗ります。やはり調色が完璧ではなく、成型色と近くにあると差が目立つ印象。腹前と背中側、スカート後ろのブロック、二の腕外側、ヒザ左右のマイナスネジの頭のようなモールドなどインナーブラックのままになっているところを塗ります。


次にワンポイントとなる水色。大体説明書通りにやりますがクリヤーグリーンは持っていないので青竹色で代用。


胴体の前後に目にように付いている部分、スカートのライン、そして二の腕外側の上半分の端に水色のラインが入ります。ただ、この色はわざわざ作らなくても34スカイブルーか323ライトブルーあたりでも良いかもしれません。(20ライトブルーは全然違う色なので注意)


インナーブラックはネービーブルーとミッドナイトブルーの混色ですがレタッチ程度に使うならネービーブルーそのままでもあまり目立ちません。脇の下や胸の下、肘、肩と二の腕の間に付く装甲の内側のバンド部分などを塗ります。


ちょっとやりたい事があったのでキャラクターフレッシュを掘り出してきました。(2)の方は見つからなかったので111キャラクターフレッシュ(1)の方だけですが、赤を混ぜて調色してあったもののようです。よく見るとグンゼ産業時代のもの。


ガッチリ固まっていました・・・


うすめ液を入れてつついてみますがびくともしません。こればっかりは時間の経過にまかせるばかり。


おっと塗り忘れ発見。胴体左右のグレーのパーツの上下端もインナーブラックになります。


髪は真っ白でモールドも目立たずこのままでは見栄えも良くないので何とかしたいところですが、塗装指示ではグラデーションやコートなどエアブラシが無いと出来ない事がサラリと書かれています。ウチのエアブラシはコンプレッサーが無く、15年ほど前にガス切れしてからほったらかしでもう腐っているので使用不能。とりあえずFAGマテリアの時と同様に67パープルを薄めてウォッシングの要領で薄く塗ります。写真だと一見うまくいっているように見えますが、やはりエナメル塗料のようにキレイにはできずまだら模様になってしまっています。難しい・・・


とりあえず組み上げてこの日はおひらき。


翌日、キャラクターフレッシュの様子を見ると何とか使えそうな具合に溶けていたので塗ってみますが大分薄い・・・


頑張って塗り重ねました。パンツの上の部分はFAGスティレットだと肌色の別パーツでしたが、あちらは前側からチラチラ見えるもののこちらではスカートにはめ込むとほぼ見えなくなり、あまりやるほどの価値は無いかもしれません。


つや消しトップコートを吹く準備中。FAGマテリアの時は肌色にも吹いたのがイマイチ気に入らなかったので肌色の部分は成型色地肌のままにしておきます。他、塗料が付くと差し込みがきつくなりそうな部分や、髪のジョイントが弱いと聞いたのでそこをマスキングしておきます。


もう一回くらい吹きたいくらいの段階で塗料が尽きた・・・


エナメルジャーマングレーでスミ入れ。装甲グレーの部分だけ。


さすがにクドすぎないかな?と思って今までやらなかったのですが、今回は試しに。ウェザリングマスターGのサーモンで尻たぶの下から前の鼠蹊部に繋がる部分、太ももや二の腕の端の部分などにシャドウを掛けます。ウェザリングマスターHだと明るすぎてシャドウにならないかもしれません。


ムム・・・中々良いんでないの・・・



完成。















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ちょっと準備が足りなくて色々やりきれなかった感がありますが、概ね満足。やはり塗ってあるとシャキッとするし、手間を掛けた分愛着もわきます。勿論絶対にやれとは申しません。名人カワグチが「ガンプラは自由だ!」と言っていましたがガンプラ以外のプラモだって当然自由なのですから。

引き続きコトブキヤのフレームアームズ・ガール アーキテクトです。


パーツ洗浄と乾燥が済んだのでいよいよ組み立て。パチ組みであればガンプラとやる事は変わりません。タミヤの薄刃ニッパー(異論はあると思いますが、これが一番無難)とヤスリがあれば大体事足ります。


まず頭部。後ろ髪の可動はややクセがあるので無理せず丁寧に動かしましょう。


胴体。スカートはFAGスティレットと同様の可動がありますが、横はともかく前の2枚は前面のグレーのパーツで可動がかなり制限されてしまっている印象。


右腕。上腕外側の部分、グレーで別パーツにならないのだろうか。手首はFAGマテリアと同様のタイプで可動範囲は大きいですがやや動作にクセがあります。figma慣れしてる人にはこっちの方が違和感無いのかもしれませんが・・・


両腕。


ついつい太ももから組んでしまいたくなるもの。


両足も取り付け、組み上がりました。着ぶくれ感が無くスマートでバランス良く見えます。色が地味なのはまあ仕方ないか。


FAG轟雷やFAGスティレットにも連綿と付属していた箱絵再現パーツも、本来の持ち主が装備している感じがします。


さてまだ武装パーツがあり、ランナーがこんなに残っています。


付属品にあったスプリングは武装パーツの基幹部品に組み込まれ、前方に装着した武装を押し込んだ状態でロックし・・・


後方上面に突き出たボックスマガジン状のパーツを後方へずらすように操作するとスプリングの力で押し込まれていた武装パーツが前方に飛び出します。上写真の武装ではパイルバンカーのような武装。


他にはアームパンチのような武装(インパクトナックル)と、


ダガ―を4本組み合わせたような爪状のもの(エッジ)のうち2本が飛び出す武装に換装できます。


ペイロード写真風に。この他ガールじゃない方のフレームアームズの腕をFAGの腕に取り付ける肘パーツなどが付属しています。


FAGアーキテクトに装備する時は付属のアダプターパーツで肘下あたりに取り付けます。


FAGアーキテクト本体の方の保持力は肩がやや弱いものの大体足りる程度にはあります。インパクトナックルは多少物を持つ事もできますが、手首が軽くクルクル回ってしまうのでしっかり持たせるには少し工夫が必要でしょう。


FAG轟雷、FAGアーキテクト、FAGマテリア、FAGスティレット。武装神姫の時のように片っ端から集めだすと泥沼再びなのでカラバリまでは買っていません・・・


設定通りにするには多少塗装が必要なのでそれはおいおいやるとして、無塗装の状態でも大体体裁はとれている印象があるのでこれで十分満足できる人も多いかもしれません。


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うむ・・・

コトブキヤのフレームアームズ・ガール アーキテクトです。


外箱。寸法的には厚みだけFAG轟雷より1.5cmほど、FAGスティレットより数ミリほど大きい外箱です。フレームアームズの設定ではアーキテクトはシリーズの基本フレームであり、このフレームに装甲や装備を着せているのがフレームアームズ。なのでこのFAGアーキテクトさんはその基本フレームを模した外装を着たお方となっております。FAGマテリアは更に外装を外した中の人になります。これまでのFAG轟雷やFAGスティレットの箱絵では右腕と右足の外装が脱げていましたが、脱げていた上腕や太ももに付いている外装、右手につまんでいる靴下に付いている外装は今回のアーキテクトの外装準拠になっています。


開封。


相変わらず多いな!









説明書。FAG轟雷の時のように8~10Pが折り畳まれています。髪の塗装指示がエアブラシ前提でちょっと敷居が高い・・・


パーツAはFAG轟雷からずっと共通のもの。パーツBはグレーで今回はパンツなどもここに入っています。


パーツC、D、E。パーツCは同じものが2枚あります。パーツDは髪、パーツEはABS樹脂製でこれもFAG轟雷からずっと共通のものです。


パーツF、G、H、I。パーツFは2枚あり、FHIはABS樹脂製。


ポリエチレン製のPCパーツと、その他の付属品。台座はFAGスティレットに付属のものと同じ。コイルスプリングが2つあります。


FAGアーキテクトでは顔パーツに説明書通りのチーク(頬紅)が塗装済みとなっています。ちゃんと白い点も打ってあります。


デカール。顔パーツに塗装済みの青い目の他に赤い目のものがあります。今回はパンツや装甲に貼るデカールが無いのでデカールは使わずに完成させる人が多いでしょう。


そうそう、パーツはまだあります。武装パーツとなるMW-27/28のAとBがそれぞれ2枚ずつ。色は黒鉄色。


更にMW-27と28が2枚ずつ。こちらはMrカラーの103ガンステンレスに似た色をしています。でも今は103ガンステンレスって絶版なんだっけ?クレオスのSM04スーパーステンレスが代わりにありますが、こちらは使った事が無いのでよくわかりません。


FAGの毎回の作業として、まずは離型剤を中性洗剤で洗って落とすところから始めます。中性洗剤を水で10%くらいに希釈した液に20~30分ほど浸けるとありますが、液から出したところでいらない歯ブラシを使って軽く泡立つ程度に擦ってやると確実です。そしたら流水で洗剤分を流し、手触りがキュッキュした感じになったら水分を切ります。

(続く)

フジミ1/700特シリーズの軽巡洋艦北上です。


フジミの特-85北上はキット年次が2014年と新しいキットです。北上のキットはピットロードの重雷装艦時代(太平洋戦争開戦直前~戦争序盤)の仕様のものがありましたが、こちらは太平洋戦争最末期の回天搭載母艦となった時期の仕様となっています。


北上は球磨型軽巡洋艦の3番艦。5500t型軽巡洋艦の初期の艦として1921年に竣工後は他の球磨型と同様に特に大きな戦役もなく戦間期を過ごします。そして20年が過ぎ、太平洋戦争開戦に向け緊張が高まってくるとこの頃の日本海軍では「艦隊決戦」に固執しており、多量の酸素魚雷を一斉射して敵戦力を漸滅する「重雷装艦」への改装が旧式であり余剰戦力となっていた北上に行われます。1941年9月には改装が完了し40発もの魚雷の投射能力を得ましたがいざ開戦となってみるとこれを生かす機会は無く、ミッドウェー海戦からの帰還後に今度は「高速輸送艦」として魚雷発射管を24門に減らした代わりに兵員室や大発動艇4隻の搭載能力を付加する改装を受けます。その後すぐに更に魚雷発射管を16門に減らし大発動艇の搭載能力を増やし、各地を転戦します。1944年1月にマラッカ海峡にて英潜水艦の雷撃を受け、セレター軍港などで修理を受けつつ本土へ戻る船団と合流して佐世保へ帰還すると今度は「人間魚雷・回天」の搭載母艦としての改装を行います。同時に搭載兵装も通常の魚雷を全て廃し高角砲や機銃・電探など対空寄りの兵装に載せ換えられ、1945年1月に改装が完了するも出撃の機会はなく、3月の呉軍港空襲では損傷を受けなかったものの7月の空襲で大破し、そのまま終戦を迎えます。戦後は航行不能状態だったため鹿児島に曳航されて復員輸送支援工作艦として半年間従事し、1946年10月に長崎で解体されました。


開封。ボリュームはそこそこありますが前回のハセガワ龍田ほどではない印象。





説明書。畳むと1ページがB5版となる長い1枚紙。昭和19年と昭和20年の2つの仕様を選択して組むようになっていますが、19年の仕様といっても改装中の仕様?前述のように回天搭載母艦として改修が済むのは昭和20年1月で、19年に佐世保で改装が始まる前はまだ主兵装は14cm単装砲4基と4連装魚雷発射管4基だったようです。キットの19年仕様は軌条に回天が載っておらず、単装機銃4挺の代わりにカッター2艘が載っているくらい。


ランナーを小袋から全て出したところ。やや小さいまとまりが多い傾向にありますが、武装パーツを除くとあとはシンプルにまとまっています。


モールドは新しいキットらしい詳細なもの。塗り分けはやや面倒ですが仕上がりのみつしり感と引き換え。出来上がってみたら何かスカスカ・・・というくらいならこのくらいの手間で満足できた方が良いです。


デカールは旭日旗のみ。



それでは組みにかかりましょう。船体は側面が左右一体化したものと艦底との組み合わせ。


フジミに多いタイプですが船体と艦底の合わせ目が底面にあり、側面の処理をしなくてよいものの接着剤を流しにくい印象。


船体と艦底を接着したら速やかに甲板を。甲板パーツは段になっている中央部で前後に別れています。


後半部は昭和20年仕様にする場合先に穴を開けておく必要があります。ピンバイスの刃は0.5mmで丁度良いでしょうか。ドリル刃はセットだと1mmくらいが最小だったりして艦船キットの舷窓などを開けるには少し大きいので0.5mmやできれば0.3もあると便利。ただ0.5mm以下の細いものは折れやすいのでタミヤが出してるやつみたいに軸だけ太いタイプの刃が安心でしょうか。あれも深い穴が掘れないので万能ではありませんが・・・


甲板パーツを後半から先に接着し、次に前半を接着します。


甲板パーツと側面との間に隙間が開きやすいので平らな当て板を底面に当てて輪ゴムで縛ります。艦底の接地性は少し中央部が浮いてしまう傾向にあり、無理に修正しようとすると中央部分で割れる危険があるので無理して修正しようとしない方がよいでしょう。フジミのキットはダボの位置がキッチリ合っていなかったりして大抵組んだ状態でどこかしらにテンションが掛かっていがちなので組み始めでキッチリ接地するようにしても組みあがったら浮いていたり後で浮いてきたりするのであまり神経質になるとキリがありません。


リノリウム色として43ウッドブラウンを塗ります。塗る部分は段の高い前半部分だけ。前回薄めすぎたので41レッドブラウンをいくらか混ぜてみたら見慣れた色味になった印象。


32軍艦色2を塗ります。細かく塗り分ける必要があるので焦らずチマチマと進めます。


説明書ではいきなり回天や単装機銃から置き始めますが構造物から置いた方が安全。ただし説明書とにらめっこして都合の悪い部分は細かいパーツを先に付けた方が良い箇所もあります。艦橋を載せる前にその真下にあるステップ(階段)とか、船体側面のバルジを付けるまえにパラベーンを先に、等々・・・


前マスト上部などは三脚の後ろ脚で回転方向にテンションが掛かっちゃって接着が固まるまでマスト上部が傾いたり横向いたりでこういうところはフジミのキットらしいのですが、幸い酷いスペクタクルなどは無く比較的スムーズに組み進められるハズです。


パーツを全て載せ終えたところ。




エナメルフラットブラック、ジャーマングレー、フラットブラウンでスミ入れとウォッシングをして完成。



甲板上に多量に物が置かれている印象が強い艦です。



乾舷も5500t型としては低く、横からの見た目は上からに較べるとおとなしい印象。


各部を観察。元は普通の球磨型軽巡洋艦なので前方に尖った三角柱上の艦橋の前には50口径三年式14cm単装砲塔が2つ、艦橋の左右に1基ずつあったものが回天搭載母艦への改装時に全て撤去されて艦橋前方に40口径八九式12.7cm連装高角砲が1基、艦橋前の台と艦橋左右の甲板に九六式25mm三連装機銃が計4基、同単装機銃が艦首と艦橋左右と艦橋後方に7挺置かれています。


艦中央部。甲板は艦橋後方の魚雷発射管のあるウェルデッキで一旦低くなった後は後方のセルター甲板までずっと高い位置にありましたが、ウェルデッキは埋められて3番煙突の左右辺りから後方は甲板が低くなっています。重雷装艦への改装時に船体左右のバルジの前端位置からが低くなっており、その後ろに左右で計10基もの61cm4連装魚雷発射管が並んでいましたが、高速輸送艦への改装時から徐々に撤去されて最終的には全て撤去されました。回天搭載母艦への改装時にその前に雷撃により損傷していたタービンを1基撤去したため速力が36ノットから23ノットに低下しています。


艦後半。高速輸送艦への改装時に艦尾まで繋がる2条のレールが敷かれ、14m特型運荷船(大発動艇)4艘が搭載されました。艦尾で甲板は水面に向けてスロープが設けられており、大発に荷物や人員を搭載したまま発進させる事ができました。回天搭載母艦への改装ではこのレールは回天の搭載と発進に利用され、回天は8基の搭載能力があります。回天は九三式酸素魚雷に外筒を被せて1人乗りの操縦室を取り付けたような形状を成す、誘導魚雷の誘導を人力で行う実質的な特攻兵器です。後部マストには回天を吊り上げるためのクレーンが増設されており、その後方には12.7cm連装高角砲も設置されています。


右舷に回り艦尾。艦尾のレール間には爆雷投下軌条が2基あり、高角砲の後方にも爆雷投射機が設置されており対潜能力が持たされています。マスト上には13号電探も装備されています。


単装機銃は31挺とあるのですが、キットでは27挺しかありません。あとの4挺はどこに?おまけに20年7月に27挺追加装備したとあり、58挺もどこに置いていたんだろう?


前部マスト上には13号電探と22号電探が確認できます。
ところで手前に見える搭載艇「内火艇」ですが読みは「うちびてい」だそうで、うわぁずっと「ないかてい」って呼んでたよ!と思ったら「ないかてい」でも間違いではなく、今の自衛隊では後者の読みなんだとか。旧軍でも両方の読みが混在してたらしく、何というかまぎらわしいな!


同じ球磨型軽巡洋艦の球磨と。三本煙突をはじめ艦橋の形など、面影があります。


北上も重雷装艦になるまでの20年間は他の球磨型と同じだったのですが、逆に改装前の姿を北上だとお出しされても「えっ」ってなりそうな。


中央部同士。大体何がどこにあったがが読み取れます。ただ水上機とカタパルトは戦間期に北上も載せていたのか、球磨多摩だけ載せていたのかよくわかりません。(木曽は竣工時からしばらくだけ長良型と同様の艦橋とその前の滑走台から発進させていましたが、カタパルトは装備せず航空機の搭載をやめています)


艦後半。マストの位置やまだ幅が狭いセルター甲板など、長良型と較べるよりは元の位置にあるように感じます。北上のマスト前のクレーンは千歳が水上機母艦から空母への改装時に撤去したもののようです。艦尾のスロープは下面に元の丸い艦尾の形が残っており、上面を削ったのではなく後方に延長してあるのがわかります。


12.7cm連装高角砲に換装したつながりで長良型軽巡洋艦五十鈴と。五十鈴は防空巡洋艦への改装で14cm単装砲を全撤去して12.7cm連装高角砲を3基装備しています。


上から五十鈴、北上、球磨。


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5500t型は詳しくないと見分けがつかない似たり寄ったりの外見の割には、ちょっと詳しくなってくるとかなり特徴的に違う事が分かってくるので面白いのと、1/700だと大きすぎず小さすぎず程よいサイズなので組むのも集めるのも楽しいです。あとは何だろ、発売されてる中だと大井、阿武隈・・・木曽も捨てがたい。
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