~趣味の世界~
アオシマ1/700ウォーターラインシリーズの駆逐艦初春1941です。
箱は駆逐艦としてはやや大きめ、高雄とかと同じサイズ。
初春は初春型駆逐艦の1番艦。ロンドン海軍軍縮会議により1500t以上の艦の保有を制限され、特型駆逐艦の建造を止められてしまった帝国海軍が1400tに留めるため小型の船体に特型と同等の武装・性能を期待して建造されたのが初春型駆逐艦です。しかしやはり無理があったのか、甲板上の構造物が大きく重く、また缶の軽量化によって甲板下は逆に軽くなっていたため竣工直前の公試試験では傾きすぎて転覆寸前となったため船体側面にバルジを取り付ける改修を施されました。しかし竣工直後には「友鶴事件」が発生、このままでは非常に危険とされ大改修が行われます。
改修によって甲板上の艤装の配置は一変し、とりあえずは安定性を確保できたものの、当初の要求性能を下回ってしまう事となります。
初春は第21駆逐隊に属し、太平洋戦争では対潜掃討や輸送護衛などの任務に就いていました。1942年にはキスカ島への途上に敵機の攻撃により大破、翌年半ばまで修理入渠します。その後も各地を走り回り、1944年11月にマニラ湾にて米空母搭載機の空襲により沈没します。
新しいキットなので駆逐艦といえどそこそこのボリュームがあります。
キットは改装後の、更に開戦時の姿を再現しています。バリエーションキットとして竣工時の姿を再現した「初春1933」があり、こちらは甲板上の構成がかなり違います。アオシマからは現在初春2種のほか、2番艦である子日(ねのひ)1933(竣工時)と4番艦の初霜1945(最終時)があります。子日は初春とほぼ同じですが、初霜1945は白露型の最終時のように単装砲塔が機銃台に変わるなどの改装がなされた姿を再現しています。
説明書はB4版を2枚折りにした1枚紙。箱に収めるためもう1回折ってあり真ん中に折りクセがついています。分かりにくいところは特に無いのですが、甲板上の構成が左右非対称なのでできれば完成状態の左舷側の図も欲しかった感じ。
主要パーツ群。デカールは初霜と共用ですが子日に付いていたものとは別で、戦隊番号がありません。
静模のディテールアップパーツ(小型艦用)が1枚付属します。カッターや錨、ボートダビットはここから使用します。
船体は船体パーツと艦底、甲板が前後。
パーツの合いは悪くありませんが、やや甲板の両舷にわずかな隙間が開くかな?無理して埋めようと船体パーツの左右から押さえると溶けた接着剤がネチョッとなりやすいので注意。
船体以外はランナーごとスプレー塗装してしまいました。
船体側はまずリノリウム色として43ウッドブラウンを。
そして残りを32軍艦色2で。
パーツの合いが良好で、サクサク組み進められます。マストもパーツ同士の面取りがされているのでストレス無く組む事ができます。ただボートダビットの取り付け位置は印も何もないのでカッターにボートダビットを取り付けてから甲板上に置き、取り付け面に接着剤を流すようにしました。説明書通りですけども。他は全くもって組みやすいです。
船体側面にはモールドが大きく凹凸しているのでデカールはマークソフターでしっかりと馴染ませます。好みで艦首左右に「21」を書き込んでも良いでしょう。
ディテールアップパーツには4種の水上機があるので何となくでこの内3種を組んでみました。左から晴嵐、強風、二式水上戦闘機。
ウォッシングをして完成。
みつしり感、というとそれほどでもありませんが、アオシマらしいやや大げさなディテールで雰囲気は良好。
リブ状のモールドが全体の側面に多く施されており、水平視点での見た目もかなり雰囲気です。
各部を観察。主砲塔は50口径三年式12.7cm連装砲塔。初春型には最大仰角を従来の40度から75度まで引き上げたB型砲塔が搭載されます。しかし高仰角のまま連射できるものではなく、装填の際に水平に戻す必要がある上に対空用の射撃管制装置も備えておらず、「一応上に向けて撃つ事も出来る」という程度のものであまり実用的ではありませんでした。また重量も重いため次型である白露型からは仰角を55度に戻し軽量化したC型砲塔が搭載されました。
初春の竣工時には連装砲塔の後ろには1段持ち上げて単装砲塔が置かれていましたが、改装により後部の連装砲塔の直前の位置へ移されています。艦橋も元々は城の天守閣のような仰々しい形をしていましたが軽量化のためシンプルな形状に改められています。
煙突2本の間と後ろには三連装魚雷発射管があります。竣工時は2番発射管の後ろにも1段持ち上げてもう1基装備されていましたが、改装により撤去されています。初春型からは次発装填装置が帝国海軍では初めて装備されていました。これのおかげで改装後では特型の9発に対し6発と同時発射数は減っていましたが再装填が速やかに行われるため実質的には6x2の12発を短時間のうちに斉射できるようになっていました。
改装により単装砲塔が前向きに、後方の連装砲塔と背中合わせに置かれています。単装砲塔は千鳥型水雷艇(友鶴事件で有名な友鶴もこの千鳥型水雷艇です)が改装前まで装備していたA型を改良したA型改1が搭載されています。仰角は連装砲と同じく75度。
艦尾には爆雷投下軌条が1基装備されています。その前方にはY砲(爆雷投射機)と装填台が置かれています。
後部煙突の前左右には毘式40mm単装機銃が1挺ずつ置かれています。この機銃は太平洋戦争開戦時まではこのままでしたが戦中に九六式25mm3連装機銃に換装されています。1944年の最終時には艦橋の前に連装1基、12.7cm単装砲塔を撤去して3連装を1基、その他単装機銃を10挺程度増備していたようです。
開戦時ではまだマスト上には電探はありませんが、後に前マスト上に22号、後部マスト前面に13号電探が装備されます。
ついでに組んだ水上機3種。まずは二式水上戦闘機。タミヤ白露の時にも白い機体色で組みましたが、今回は上面緑・下面白のカラーリング。零式艦上戦闘機11型をベースに水上機化した機体です。
水上攻撃機・晴嵐。伊400型潜水艦に搭載する前提で開発された、折り畳み機構を有する機体です。水冷V12エンジンを搭載するため機首は流線型をしています。バリエーション機としてフロートの代わりに車輪を装備した「南山」(晴嵐改とも)もあります。
水上戦闘機・強風。意欲的な要求性能により開発が長引きそうなのでこの機体までの繋ぎとして二式水上戦闘機が開発されていましたが、結局そちらの方が多く生産されました。強力で大型のエンジン「火星」を搭載するために機首が太くなるのを紡錘形にすることで空力改善していること、試作機では二重反転プロペラを装備していた名残りでプロペラ中央のスピナーが前後に長く、旧ソ連のジェット戦闘機のノーズコーンのような形をしている等、形状的な特徴の多い機体です。結局、制式採用された頃にはすでに活躍の場は無く、戦果もほぼ皆無だったようです。
同型艦の子日1933と。竣工時と改装後で艦様がかなり違う事がわかります。
次型である白露型の海風と。改装後の初春の甲板上の配置が白露型でも大体踏襲されており、見た目には大きく変わっていません。
奥(上)から子日1933、初春1941、白露、海風。条約型の1400t級駆逐艦の始まりから最後まで。もっとも、初春でさえ最終的には1700t程度と特型駆逐艦と同等まで重量が増えていたそうです。
@@@
組んでる時も組みあがった後も好印象な優良キットです。初心者にも安心して薦められますが、練習用にはちょっと出来が良すぎるかも。これの後に古いものや駄キットを組むと心が折れるかもしれません・・・
箱は駆逐艦としてはやや大きめ、高雄とかと同じサイズ。
初春は初春型駆逐艦の1番艦。ロンドン海軍軍縮会議により1500t以上の艦の保有を制限され、特型駆逐艦の建造を止められてしまった帝国海軍が1400tに留めるため小型の船体に特型と同等の武装・性能を期待して建造されたのが初春型駆逐艦です。しかしやはり無理があったのか、甲板上の構造物が大きく重く、また缶の軽量化によって甲板下は逆に軽くなっていたため竣工直前の公試試験では傾きすぎて転覆寸前となったため船体側面にバルジを取り付ける改修を施されました。しかし竣工直後には「友鶴事件」が発生、このままでは非常に危険とされ大改修が行われます。
改修によって甲板上の艤装の配置は一変し、とりあえずは安定性を確保できたものの、当初の要求性能を下回ってしまう事となります。
初春は第21駆逐隊に属し、太平洋戦争では対潜掃討や輸送護衛などの任務に就いていました。1942年にはキスカ島への途上に敵機の攻撃により大破、翌年半ばまで修理入渠します。その後も各地を走り回り、1944年11月にマニラ湾にて米空母搭載機の空襲により沈没します。
新しいキットなので駆逐艦といえどそこそこのボリュームがあります。
キットは改装後の、更に開戦時の姿を再現しています。バリエーションキットとして竣工時の姿を再現した「初春1933」があり、こちらは甲板上の構成がかなり違います。アオシマからは現在初春2種のほか、2番艦である子日(ねのひ)1933(竣工時)と4番艦の初霜1945(最終時)があります。子日は初春とほぼ同じですが、初霜1945は白露型の最終時のように単装砲塔が機銃台に変わるなどの改装がなされた姿を再現しています。
説明書はB4版を2枚折りにした1枚紙。箱に収めるためもう1回折ってあり真ん中に折りクセがついています。分かりにくいところは特に無いのですが、甲板上の構成が左右非対称なのでできれば完成状態の左舷側の図も欲しかった感じ。
主要パーツ群。デカールは初霜と共用ですが子日に付いていたものとは別で、戦隊番号がありません。
静模のディテールアップパーツ(小型艦用)が1枚付属します。カッターや錨、ボートダビットはここから使用します。
船体は船体パーツと艦底、甲板が前後。
パーツの合いは悪くありませんが、やや甲板の両舷にわずかな隙間が開くかな?無理して埋めようと船体パーツの左右から押さえると溶けた接着剤がネチョッとなりやすいので注意。
船体以外はランナーごとスプレー塗装してしまいました。
船体側はまずリノリウム色として43ウッドブラウンを。
そして残りを32軍艦色2で。
パーツの合いが良好で、サクサク組み進められます。マストもパーツ同士の面取りがされているのでストレス無く組む事ができます。ただボートダビットの取り付け位置は印も何もないのでカッターにボートダビットを取り付けてから甲板上に置き、取り付け面に接着剤を流すようにしました。説明書通りですけども。他は全くもって組みやすいです。
船体側面にはモールドが大きく凹凸しているのでデカールはマークソフターでしっかりと馴染ませます。好みで艦首左右に「21」を書き込んでも良いでしょう。
ディテールアップパーツには4種の水上機があるので何となくでこの内3種を組んでみました。左から晴嵐、強風、二式水上戦闘機。
ウォッシングをして完成。
みつしり感、というとそれほどでもありませんが、アオシマらしいやや大げさなディテールで雰囲気は良好。
リブ状のモールドが全体の側面に多く施されており、水平視点での見た目もかなり雰囲気です。
各部を観察。主砲塔は50口径三年式12.7cm連装砲塔。初春型には最大仰角を従来の40度から75度まで引き上げたB型砲塔が搭載されます。しかし高仰角のまま連射できるものではなく、装填の際に水平に戻す必要がある上に対空用の射撃管制装置も備えておらず、「一応上に向けて撃つ事も出来る」という程度のものであまり実用的ではありませんでした。また重量も重いため次型である白露型からは仰角を55度に戻し軽量化したC型砲塔が搭載されました。
初春の竣工時には連装砲塔の後ろには1段持ち上げて単装砲塔が置かれていましたが、改装により後部の連装砲塔の直前の位置へ移されています。艦橋も元々は城の天守閣のような仰々しい形をしていましたが軽量化のためシンプルな形状に改められています。
煙突2本の間と後ろには三連装魚雷発射管があります。竣工時は2番発射管の後ろにも1段持ち上げてもう1基装備されていましたが、改装により撤去されています。初春型からは次発装填装置が帝国海軍では初めて装備されていました。これのおかげで改装後では特型の9発に対し6発と同時発射数は減っていましたが再装填が速やかに行われるため実質的には6x2の12発を短時間のうちに斉射できるようになっていました。
改装により単装砲塔が前向きに、後方の連装砲塔と背中合わせに置かれています。単装砲塔は千鳥型水雷艇(友鶴事件で有名な友鶴もこの千鳥型水雷艇です)が改装前まで装備していたA型を改良したA型改1が搭載されています。仰角は連装砲と同じく75度。
艦尾には爆雷投下軌条が1基装備されています。その前方にはY砲(爆雷投射機)と装填台が置かれています。
後部煙突の前左右には毘式40mm単装機銃が1挺ずつ置かれています。この機銃は太平洋戦争開戦時まではこのままでしたが戦中に九六式25mm3連装機銃に換装されています。1944年の最終時には艦橋の前に連装1基、12.7cm単装砲塔を撤去して3連装を1基、その他単装機銃を10挺程度増備していたようです。
開戦時ではまだマスト上には電探はありませんが、後に前マスト上に22号、後部マスト前面に13号電探が装備されます。
ついでに組んだ水上機3種。まずは二式水上戦闘機。タミヤ白露の時にも白い機体色で組みましたが、今回は上面緑・下面白のカラーリング。零式艦上戦闘機11型をベースに水上機化した機体です。
水上攻撃機・晴嵐。伊400型潜水艦に搭載する前提で開発された、折り畳み機構を有する機体です。水冷V12エンジンを搭載するため機首は流線型をしています。バリエーション機としてフロートの代わりに車輪を装備した「南山」(晴嵐改とも)もあります。
水上戦闘機・強風。意欲的な要求性能により開発が長引きそうなのでこの機体までの繋ぎとして二式水上戦闘機が開発されていましたが、結局そちらの方が多く生産されました。強力で大型のエンジン「火星」を搭載するために機首が太くなるのを紡錘形にすることで空力改善していること、試作機では二重反転プロペラを装備していた名残りでプロペラ中央のスピナーが前後に長く、旧ソ連のジェット戦闘機のノーズコーンのような形をしている等、形状的な特徴の多い機体です。結局、制式採用された頃にはすでに活躍の場は無く、戦果もほぼ皆無だったようです。
同型艦の子日1933と。竣工時と改装後で艦様がかなり違う事がわかります。
次型である白露型の海風と。改装後の初春の甲板上の配置が白露型でも大体踏襲されており、見た目には大きく変わっていません。
奥(上)から子日1933、初春1941、白露、海風。条約型の1400t級駆逐艦の始まりから最後まで。もっとも、初春でさえ最終的には1700t程度と特型駆逐艦と同等まで重量が増えていたそうです。
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組んでる時も組みあがった後も好印象な優良キットです。初心者にも安心して薦められますが、練習用にはちょっと出来が良すぎるかも。これの後に古いものや駄キットを組むと心が折れるかもしれません・・・
お風呂これくしょんの駆逐艦島風です。
島風は島風型駆逐艦の・・・て今回はそんなんどうでもいい。
箱は小さめ。170x140x70mmってところ。
開封。
パーツ全図。説明書、本体、浮き輪、バケツ。
説明書。40度以上のお湯には浸けないでください。とありますが風呂の温度は普通42~3度だよなあ!とネットの一部でネチネチとケチつけてるのがいましたな・・・50度とか60度とか大幅に高温だったり、40度ちょいに何時間も浸けっぱなしじゃなきゃ気にすることはありません。
クリヤーグリーンのマグカップ状の、横に「修復」と書かれた高速修復材、通称「バケツ」と、フロートとなる浮き輪。説明書には浮き輪の下面に補助パーツを後から取り付けていますが、開封時には元々取りついていました。浮き輪の上側後方には2つ空気穴が開いており、ここから水が入るとしまいには沈んでしまうかと思われます。
島風本体。立たないのでこんな姿で失礼。右側頭部から棒が突き出ており、ここを回す事でゼンマイが巻かれますが、足を押さえながらでないとうまく巻けません。全体的にテカテカしています。
浮き輪と合体させます。浮き輪の上側(補助パーツの無い方)へ足から差し込み、手などの位置を合わせてグッと押し込むと「メキャッ」とちょっと不安になる音を立てて結合されます。
足を押さえながらゼンマイを巻き、テーブルの上に置くと「ギーーーー(ゴッゴッゴッ)」という感じの音を立てながらヨチヨチ歩きをします。ゼンマイをフルに巻いて10秒ほど。見た目はカワイイのですが、音がbig dogみたいで・・・
予想してたより足の動きが速くて、もうちょっとギヤ比低くてもいいのに・・・と思うところですが、これは島風ですからこれはこれで良いのでしょう。水に浸けるのはウチではやっていませんが、他所のレビューでは水上ではバタ足はすれど前に進まない傾向にあるようです。まあ、ご愛嬌。
バケツの上に置くと安定したオブジェとしてお楽しみいただけます。何かこう、鉢植えみたいな。
@@@
動きがカワイイので実用性能がどうだろうとそこだけで価値があるものだと思います。ていうかフィギュアってそもそもそんなもんじゃね?何で性能が問われなきゃならんの??
かつて可動フィギュアをアホほど買っていたウチも今では年に1~2という状態。たまに興味が向いて買ったとしても、開封せず積む始末。そんな中でここ最近買ったのはこの2つ。案の定、一方は開封していません・・・
島風は島風型駆逐艦の・・・て今回はそんなんどうでもいい。
箱は小さめ。170x140x70mmってところ。
開封。
パーツ全図。説明書、本体、浮き輪、バケツ。
説明書。40度以上のお湯には浸けないでください。とありますが風呂の温度は普通42~3度だよなあ!とネットの一部でネチネチとケチつけてるのがいましたな・・・50度とか60度とか大幅に高温だったり、40度ちょいに何時間も浸けっぱなしじゃなきゃ気にすることはありません。
クリヤーグリーンのマグカップ状の、横に「修復」と書かれた高速修復材、通称「バケツ」と、フロートとなる浮き輪。説明書には浮き輪の下面に補助パーツを後から取り付けていますが、開封時には元々取りついていました。浮き輪の上側後方には2つ空気穴が開いており、ここから水が入るとしまいには沈んでしまうかと思われます。
島風本体。立たないのでこんな姿で失礼。右側頭部から棒が突き出ており、ここを回す事でゼンマイが巻かれますが、足を押さえながらでないとうまく巻けません。全体的にテカテカしています。
浮き輪と合体させます。浮き輪の上側(補助パーツの無い方)へ足から差し込み、手などの位置を合わせてグッと押し込むと「メキャッ」とちょっと不安になる音を立てて結合されます。
足を押さえながらゼンマイを巻き、テーブルの上に置くと「ギーーーー(ゴッゴッゴッ)」という感じの音を立てながらヨチヨチ歩きをします。ゼンマイをフルに巻いて10秒ほど。見た目はカワイイのですが、音がbig dogみたいで・・・
予想してたより足の動きが速くて、もうちょっとギヤ比低くてもいいのに・・・と思うところですが、これは島風ですからこれはこれで良いのでしょう。水に浸けるのはウチではやっていませんが、他所のレビューでは水上ではバタ足はすれど前に進まない傾向にあるようです。まあ、ご愛嬌。
バケツの上に置くと安定したオブジェとしてお楽しみいただけます。何かこう、鉢植えみたいな。
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動きがカワイイので実用性能がどうだろうとそこだけで価値があるものだと思います。ていうかフィギュアってそもそもそんなもんじゃね?何で性能が問われなきゃならんの??
かつて可動フィギュアをアホほど買っていたウチも今では年に1~2という状態。たまに興味が向いて買ったとしても、開封せず積む始末。そんな中でここ最近買ったのはこの2つ。案の定、一方は開封していません・・・
フジミ1/700特シリーズの駆逐艦涼風・海風です。
フジミ特の白露型は新しいキットなのですがどれも2隻セットになっていて、
特-55 白露・春雨 (対空兵装強化時)
特-78 村雨・夕立 (開戦時)
特-81 時雨・五月雨 (最終時)
特-59 涼風・海風 (対空兵装強化時)
特SP-15 山風・江風 (開戦時)
という風になっています。
開戦時と対空兵装強化時の違いは主に艦橋前の機銃台の有無で、対空兵装強化時と最終時の違いは12.7cm単装砲塔が機銃台に代わり、前マストに22号と13号電探の有無。海風・涼風と山風・江風は改白露型なので艦橋のパーツが違うハズ。
数を集めたい人には一見お得に見えますが、艦の側面に書かれる名前のデカールなどが付属しないので単純に同じものが2つ出来上がるだけ、というちょっと嫌らしいキット構成になっています。
白露型のキットは1970年代からあるタミヤの白露と春雨しかありませんでしたが、ここ数年内にピットロードとフジミから発売され一気に数が揃いました。1隻だけでいいという人は同型が単純にデカール違いだけになっているピットロードのものを買うのが良いでしょう。ただし夕立・春雨・五月雨の分のデカールは付属していないようです。
海風は白露型駆逐艦の7番艦、改白露型の1番艦です。白露型駆逐艦は前型の初春型が小型の船体に重武装、という構成が友鶴事件により危険であるとされ改修により甲板上の艤装の構成が見直され軽量化された後の形を踏襲しており、白露型となるにあたって魚雷発射管が4連装に変わっています。第4艦隊事件の影響により改設計をされた改白露型では艦橋の形状が変更され、後の型である朝潮型・陽炎型と同形状となりました。海風は1937年に竣工後、後に続く同型の山風、江風(かわかぜ)、涼風の竣工を待って第24駆逐隊を編成します。太平洋戦争が始まると空母や戦艦などの護衛として付き添ったり、輸送などの任務をこなしてゆきます。そして海風は1944年2月にトラック島付近にて米潜水艦ガードフィッシュの雷撃を受け沈没します。
涼風は白露型駆逐艦の10番艦、改白露型の4番艦で、軍縮条約脱退により次の朝潮からは一回り大きな船体となる朝潮型駆逐艦として建造される事となります。涼風は海風の3か月後に竣工し同型4艦と共に第24駆逐隊を編成し、海風と同様に空母や戦艦の護衛、輸送などの任務に就いていました。そして1944年1月にポナペ島付近にて米潜水艦スキップジャックの雷撃を受け沈没しました。
2艦セットなので結構なボリュームに見えます。
最近のキットらしく細かくパーツ点数も多いので説明書は長めとなりますが、塗装指示はあまり、というかかなり不親切。リノリウム色部分はモールドで大体見当がつきますが煙突の黒塗装は箱絵を参考に。
今年に入ってからコストダウンなのかバラストが省略されるようになっています。ある程度重さが無いと嫌という人には残念ですが、作業中や落下時の被害範囲などの点では軽い方が安心。軽いとちょっとした揺れで棚から落ちやすくなる、というのもありますが、艦プラはできればケースに入れて展示したいもの。
パーツ全図。機銃のランナー以外は全て2枚ずつあります。デカールは旗のみ。
1艦分だとこれだけ。といっても駆逐艦のキットでこれだけパーツ点数があるのもそうありません。
成型色のせいか一見ピットロードのキットみたいな雰囲気ですが、あちらほど繊細ではありません。機銃などはフジミ特の特徴が強いです。
船体パーツは乾舷が低く、艦底パーツは側面に出ないパーツ構成なので全体が薄く見えます。
船首楼部分の甲板は別パーツですが、若干のすり合わせを要します。パーツの合わせ面の船体側の角が立ちすぎている印象なのでカッターで角を削り落としてやると、上写真奥側くらいにはピッタリしてきます。
パーツがそこそこ多いのでスプレー塗装で手間を省き・・・と思ったら残りものの塗料では足りなかった・・・あーもうamazonでスプレー3個くらい注文してくれるわ。
その間船体側は筆塗りでやってしまいます。まずはリノリウム色として43ウッドブラウンを。
そして軍艦色2を。説明書の塗装指示では下面をココアブラウンで塗るようになっていますが、どうせ側面に回らないし置いておく分には見えない部分なので塗りません。乾舷の低さが気になってプラ板を艦底に貼り重ねてかさ上げをした場合はかさ上げをした分の側面に艦底色を塗ると良いでしょう。
スプレー塗料が届いたので早速塗装。四方八方から吹き付けてもまだ成型色の白い部分がそこかしこに見える印象で、完璧にやろうとすると塗膜が厚くなるかもしれません。ある程度までに留めて、組みながら白く残ってる部分は筆塗りでレタッチしてやればよし。
パーツ点数は多いですがフジミにしては割と組みやすい方かもしれません。ピン状のパーツを取り付ける部分には穴があるので、そういう部分がほとんど台のようになっているピットロードよりは、多少・・・(こちらにもそういう部分が台になっていて、しかもピン状パーツの接着面が丸いパーツなどが多少あります・・・)
パーツの合わせがギチギチにきつい部分が多少あり、機銃台を後部煙突にかぶせる所、またその下の次発装填装置も取り付ける時きつい感じがします。マストは前も後ろも2本を合わせる面が何も面取りされていないので仕上がりの見栄えがイマイチに感じるかも。一方でボートダビットなどは他キットよりもかなり取り付けやすく感じました。
ただ、あまりにも全く同じものが2つ出来上がるだけすぎるので名前を書いておきましょうか。罫線代わりにマスキングテープでおおよその位置決めをして面相筆フリーハンド。名前はカタカナゴシック体で右から。戦隊番号の24も艦首の左右に書きます。
艦尾は平仮名教科書体で。こうした記名は戦時には塗りつぶされていましたが、これが無いと見分けが付かねえんです・・・
ウォッシングをして完成。無難に出来過ぎていてややスペクタクルが足りない。
キット自体の出来は新しいキットなだけの事はあります。
素組でもそこそこみつしり感があります。
各部を観察。主砲塔は50口径三年式12.7cm連装砲塔(C型砲塔)。艦橋は改白露型の特徴である朝潮型や陽炎型と同形状のもの。艦橋の前には機銃台があり、その上には九六式25mm連装機銃が置かれています。
煙突と交互に2基置かれている魚雷発射管は白露型で初装備された九二式61cm4連装発射管。それぞれの後方には箱状の次発装填装置が置かれています。後部煙突の前には白露型ではまず毘式40mm単装機銃が2基、改白露型では保式13mm連装機銃が2基置かれていましたが、後にどちらも九六式25mm3連装機銃2基に載せ換えられています。
後部の砲塔は前方側の2番砲塔のみ単装(単装B型)となっており、その後方の3番砲塔は1番砲塔と同じく連装砲塔。その後ろには2組の爆雷投射機(Y砲)と装填台があり、艦尾には爆雷投下軌条があります。
右舷側。2番砲塔は最終的には改装で撤去され3連装機銃の台に変更されます。ピットロードの海風は対空兵装強化時とありますがここを機銃台にできるようになっており、フジミ特だと機銃台になっているのは時雨・五月雨(最終時)だけです。
改装による装備の変遷は中々難しいもので、白露型の単装砲塔が機銃台に変わったのはマリアナ沖海戦(1944年6月)の前だとは分かってもそこから前のどの時期かイマイチ調べてもよくわかりません。海風も涼風も割とそういう装備状態が中途半端な時期の艦。
前部マストには何も装備されていませんが、13号と22号電探は1943年頃から装備が始まっています。
タミヤの白露と。この白露は装備的には開戦時でしょうか?艦橋の形状の差異も同じもののメーカーの解釈違いだけのようにも見えます・・・
更にピットロードの朝潮も。確かに艦橋の形はかなり似ています。というか単装砲塔の辺り以外ほとんど同じような構成に見えます。
@@@
フジミの白露型は白露型では最新のキットですが、夕立や五月雨を作りたい人以外はあまり積極的に選ぶ理由が無いかもしれません。商品展開的にもピットロードのものが合理的でユーザー側からもうれしい反面、フジミのそれは真逆です。1個買えば白露型のどの艦どの時代にもできるのが理想ですが、そこまでいかなくてもせめて艦名デカールを付けるか、1艦ずつにしてほしいものです。キットの出来はそこそこ悪くないだけに非常に勿体ない。
フジミ特の白露型は新しいキットなのですがどれも2隻セットになっていて、
特-55 白露・春雨 (対空兵装強化時)
特-78 村雨・夕立 (開戦時)
特-81 時雨・五月雨 (最終時)
特-59 涼風・海風 (対空兵装強化時)
特SP-15 山風・江風 (開戦時)
という風になっています。
開戦時と対空兵装強化時の違いは主に艦橋前の機銃台の有無で、対空兵装強化時と最終時の違いは12.7cm単装砲塔が機銃台に代わり、前マストに22号と13号電探の有無。海風・涼風と山風・江風は改白露型なので艦橋のパーツが違うハズ。
数を集めたい人には一見お得に見えますが、艦の側面に書かれる名前のデカールなどが付属しないので単純に同じものが2つ出来上がるだけ、というちょっと嫌らしいキット構成になっています。
白露型のキットは1970年代からあるタミヤの白露と春雨しかありませんでしたが、ここ数年内にピットロードとフジミから発売され一気に数が揃いました。1隻だけでいいという人は同型が単純にデカール違いだけになっているピットロードのものを買うのが良いでしょう。ただし夕立・春雨・五月雨の分のデカールは付属していないようです。
海風は白露型駆逐艦の7番艦、改白露型の1番艦です。白露型駆逐艦は前型の初春型が小型の船体に重武装、という構成が友鶴事件により危険であるとされ改修により甲板上の艤装の構成が見直され軽量化された後の形を踏襲しており、白露型となるにあたって魚雷発射管が4連装に変わっています。第4艦隊事件の影響により改設計をされた改白露型では艦橋の形状が変更され、後の型である朝潮型・陽炎型と同形状となりました。海風は1937年に竣工後、後に続く同型の山風、江風(かわかぜ)、涼風の竣工を待って第24駆逐隊を編成します。太平洋戦争が始まると空母や戦艦などの護衛として付き添ったり、輸送などの任務をこなしてゆきます。そして海風は1944年2月にトラック島付近にて米潜水艦ガードフィッシュの雷撃を受け沈没します。
涼風は白露型駆逐艦の10番艦、改白露型の4番艦で、軍縮条約脱退により次の朝潮からは一回り大きな船体となる朝潮型駆逐艦として建造される事となります。涼風は海風の3か月後に竣工し同型4艦と共に第24駆逐隊を編成し、海風と同様に空母や戦艦の護衛、輸送などの任務に就いていました。そして1944年1月にポナペ島付近にて米潜水艦スキップジャックの雷撃を受け沈没しました。
2艦セットなので結構なボリュームに見えます。
最近のキットらしく細かくパーツ点数も多いので説明書は長めとなりますが、塗装指示はあまり、というかかなり不親切。リノリウム色部分はモールドで大体見当がつきますが煙突の黒塗装は箱絵を参考に。
今年に入ってからコストダウンなのかバラストが省略されるようになっています。ある程度重さが無いと嫌という人には残念ですが、作業中や落下時の被害範囲などの点では軽い方が安心。軽いとちょっとした揺れで棚から落ちやすくなる、というのもありますが、艦プラはできればケースに入れて展示したいもの。
パーツ全図。機銃のランナー以外は全て2枚ずつあります。デカールは旗のみ。
1艦分だとこれだけ。といっても駆逐艦のキットでこれだけパーツ点数があるのもそうありません。
成型色のせいか一見ピットロードのキットみたいな雰囲気ですが、あちらほど繊細ではありません。機銃などはフジミ特の特徴が強いです。
船体パーツは乾舷が低く、艦底パーツは側面に出ないパーツ構成なので全体が薄く見えます。
船首楼部分の甲板は別パーツですが、若干のすり合わせを要します。パーツの合わせ面の船体側の角が立ちすぎている印象なのでカッターで角を削り落としてやると、上写真奥側くらいにはピッタリしてきます。
パーツがそこそこ多いのでスプレー塗装で手間を省き・・・と思ったら残りものの塗料では足りなかった・・・あーもうamazonでスプレー3個くらい注文してくれるわ。
その間船体側は筆塗りでやってしまいます。まずはリノリウム色として43ウッドブラウンを。
そして軍艦色2を。説明書の塗装指示では下面をココアブラウンで塗るようになっていますが、どうせ側面に回らないし置いておく分には見えない部分なので塗りません。乾舷の低さが気になってプラ板を艦底に貼り重ねてかさ上げをした場合はかさ上げをした分の側面に艦底色を塗ると良いでしょう。
スプレー塗料が届いたので早速塗装。四方八方から吹き付けてもまだ成型色の白い部分がそこかしこに見える印象で、完璧にやろうとすると塗膜が厚くなるかもしれません。ある程度までに留めて、組みながら白く残ってる部分は筆塗りでレタッチしてやればよし。
パーツ点数は多いですがフジミにしては割と組みやすい方かもしれません。ピン状のパーツを取り付ける部分には穴があるので、そういう部分がほとんど台のようになっているピットロードよりは、多少・・・(こちらにもそういう部分が台になっていて、しかもピン状パーツの接着面が丸いパーツなどが多少あります・・・)
パーツの合わせがギチギチにきつい部分が多少あり、機銃台を後部煙突にかぶせる所、またその下の次発装填装置も取り付ける時きつい感じがします。マストは前も後ろも2本を合わせる面が何も面取りされていないので仕上がりの見栄えがイマイチに感じるかも。一方でボートダビットなどは他キットよりもかなり取り付けやすく感じました。
ただ、あまりにも全く同じものが2つ出来上がるだけすぎるので名前を書いておきましょうか。罫線代わりにマスキングテープでおおよその位置決めをして面相筆フリーハンド。名前はカタカナゴシック体で右から。戦隊番号の24も艦首の左右に書きます。
艦尾は平仮名教科書体で。こうした記名は戦時には塗りつぶされていましたが、これが無いと見分けが付かねえんです・・・
ウォッシングをして完成。無難に出来過ぎていてややスペクタクルが足りない。
キット自体の出来は新しいキットなだけの事はあります。
素組でもそこそこみつしり感があります。
各部を観察。主砲塔は50口径三年式12.7cm連装砲塔(C型砲塔)。艦橋は改白露型の特徴である朝潮型や陽炎型と同形状のもの。艦橋の前には機銃台があり、その上には九六式25mm連装機銃が置かれています。
煙突と交互に2基置かれている魚雷発射管は白露型で初装備された九二式61cm4連装発射管。それぞれの後方には箱状の次発装填装置が置かれています。後部煙突の前には白露型ではまず毘式40mm単装機銃が2基、改白露型では保式13mm連装機銃が2基置かれていましたが、後にどちらも九六式25mm3連装機銃2基に載せ換えられています。
後部の砲塔は前方側の2番砲塔のみ単装(単装B型)となっており、その後方の3番砲塔は1番砲塔と同じく連装砲塔。その後ろには2組の爆雷投射機(Y砲)と装填台があり、艦尾には爆雷投下軌条があります。
右舷側。2番砲塔は最終的には改装で撤去され3連装機銃の台に変更されます。ピットロードの海風は対空兵装強化時とありますがここを機銃台にできるようになっており、フジミ特だと機銃台になっているのは時雨・五月雨(最終時)だけです。
改装による装備の変遷は中々難しいもので、白露型の単装砲塔が機銃台に変わったのはマリアナ沖海戦(1944年6月)の前だとは分かってもそこから前のどの時期かイマイチ調べてもよくわかりません。海風も涼風も割とそういう装備状態が中途半端な時期の艦。
前部マストには何も装備されていませんが、13号と22号電探は1943年頃から装備が始まっています。
タミヤの白露と。この白露は装備的には開戦時でしょうか?艦橋の形状の差異も同じもののメーカーの解釈違いだけのようにも見えます・・・
更にピットロードの朝潮も。確かに艦橋の形はかなり似ています。というか単装砲塔の辺り以外ほとんど同じような構成に見えます。
@@@
フジミの白露型は白露型では最新のキットですが、夕立や五月雨を作りたい人以外はあまり積極的に選ぶ理由が無いかもしれません。商品展開的にもピットロードのものが合理的でユーザー側からもうれしい反面、フジミのそれは真逆です。1個買えば白露型のどの艦どの時代にもできるのが理想ですが、そこまでいかなくてもせめて艦名デカールを付けるか、1艦ずつにしてほしいものです。キットの出来はそこそこ悪くないだけに非常に勿体ない。
フジミ1/700特シリーズの空母蒼龍です。
久々のマゾい特シリーズ。箱サイズは前回の隼鷹とほぼ同じ。
蒼龍は軍縮条約によって残された保有枠の残り12630tを埋めるべく建造された中型の正規空母。1937年に竣工し、1939年には拡大改良型である飛龍と共に第2航空戦隊に配属されます。
太平洋戦争では開幕となる真珠湾攻撃から参加し、並行して行われていたウェーク島攻略へも真珠湾攻撃の直後に支援として参加。続くオーストラリア空襲やセイロン沖海戦へと参加し、太平洋戦争の序盤戦で戦果を挙げてゆきます。
しかし1942年6月のミッドウェー海戦では事前にミッドウェーを攻める事が漏れており、民衆がみんな知っているという有様。蒼龍は多数の空母と共に参加するも、手ぐすね引いて待っていた基地防衛隊により苦戦を強いられる事となります。
そして米空母ヨークタウンから発進した十数機のSBDドーントレスの爆撃により格納庫内で火災発生、誘爆と電源喪失から消火も叶わず総員退艦、乗員が駆逐艦磯風・浜風に移乗すると大爆発を起こし、艦尾から沈没してゆきました。
特シリーズといったらこうです。山盛りのパーツ群。容赦ありません。
説明書はまず縦長の大きいものが1枚。やはり取り付けた後の状態が不明な点が多く、別紙参照と書かれていながら別紙には反対側しか書かれていなかったりとイマイチ不親切。ただタラップ(小さい階段パーツ)の取り付けはどう付けるか書かれていて改善はされています(取り付けてみたら説明書と違う長さが合わないというのはお約束)。
もう1枚は小さめで主にパーツ図と外装の大まかな塗装指示。側面は左舷側だけであり右舷側が分からなくて困る事が数点あります。まあ特なんてマゾいキットを買うなら他に資料も持ってんだろ、って事かしら。
最後の1枚、説明書内でバラストを組み込んでいるものの、バラストは付属しません。という補足。前回の隼鷹で使わなかったバラストがそのまま使えそうでしたが、あちら以上に持つ時に重量があると危険なキットなので無い方が良いでしょうね。
主要パーツ群。全長のある艦なので船体や飛行甲板のパーツがとにかくデカイ。2枚ずつあるランナーは種類が1枚にまとめられているのでさほど煩雑に感じるものではありません。ただし工程ごとにパーツがまとまってたりはせず、細かいパーツが集合しているD・H・L・Mあたりのランナーはとっかえひっかえになるので重ねておかずに並べておいた方が良いです。
透明パーツは艦載機3種3枚と探照灯パーツ。
デカールは飛行甲板の白線がメイン。エレベーター上に貼るものだけはまとまっていてクリア部分が多めですが他はクリア部分がほとんどなく、白線を1本1本チマチマと貼らなければならないものの仕上がりはキレイになるはずです。
パーツが多いなら塗装はスプレー塗装をすると手間を減らせます。前回の隼鷹で使いすぎたのかこんなもんなのか、船体と飛行甲板に吹いたら尽きてしまったのでもう1本、しかし買っていたのは軍艦色2じゃなく佐世保海軍工廠標準色!いやネット注文したらさ、これが在庫ありで軍艦色2が入荷待ちだったんだよ・・・
というわけで船体と飛行甲板以外はやや濃い青味掛かった色になってしまいます。
帝国海軍の軍艦色は大まかにしか定義されておらず、各工廠で「ウチではこうこうこれこれの比率だ文句は言わせんぞ!」という感じで、東の方が薄く西の方が濃い傾向の色になっているのです。なので西の端になる佐世保工廠は一番濃い色。呉工廠は中間で、横須賀工廠はやや明るい色。ただし呉と横須賀の間にある舞鶴だけは横須賀より明るい色になります。
もっとも、ウチのように最後に大雑把なウォッシングをする場合、元の色より暗くなるので元の色を塗る段階で軍艦色に白を混ぜるなどして先に明るめにしておく、という方法もあります。
しかし撮影状況で明るくなったり暗くなったり青くなったり黄色くなったりするし、イメージや好みというのもあり、好き好きにやったら良いと思うのですよ。
船体を組み上げます。船体左右間には梁を説明書通りに選択して差し込みます。格納庫の前端や後端のパーツは上面がツライチになるまでキッチリ差し込み、それでも合わない時は上面がツライチになるよう削ります、そうしないと飛行甲板がピッタリ取りついてくれません。フジミ特シリーズの空母は他社に較べ飛行甲板の取り付けで苦労する事が多いです・・・
仮組みは入念に。この時点では「まあこんなもんだろう」と適当にしておいたら、後でズレできてピッタリいかなかったりします。ただこの蒼龍はあまり苦労はしない方かも。
マスキングをして木甲板部分を44タンで塗ります。モールドが浅くて塗膜を厚くしちゃうと埋まりそう。できればスプレーで。筆塗りなら多少ムラが残ってでも薄く。
毎回どうも木らしく無い・・・と思っていたので試しにエナメルフラットブラウンを薄めて面相筆で前後方向に木目を描くようにウォッシング。ちっとは木らしくなったかな?木甲板というのは木の種類、上空から見た場合と間近で見た場合、見た時の天気、新しい木何十年も雨ざらしになってる木とそれぞれ違いがあり正解よりも好みでやってしまうと良いでしょう。
デカールを貼ります。白線を貼るエレベーターなどのパーツは裏からセロテープ留めして飛行甲板パーツに当てておき、白線パーツを貼ってゆきます。前々回の祥鳳のデカールと同様に貼りやすい中々良いデカールです。
船体に飛行甲板を接着。押さえてないとめくれてくるので前後を輪ゴムで、中間をセロテープで留めて乾燥待ち。
艦橋→左舷側→右舷側とパーツをチマチマ取り付けてゆきます。このキットで最もツライ工程。何でここまで細分化するの・・・
あらかた取り付け終えたところ。細かいにも程があると文句をたれつつも、やはり苦労は後の笑い話。完成後はみつしりしたパーツの集合体にうっとりできます。エッチングパーツ?死ぬわ!
艦載機を組もうとしたのですが、これがまたいやらしい難物。キャノピーが別パーツなのはさすがにお節介では・・・
零戦の足パーツを飛ばしてしまったのでブン投げて99艦爆1機だけでやめます。これは固定脚で脚パーツが大きいので作業性は他に付属する零戦や97艦攻より良好。尾輪とかマジ・・・どっちが前か後ろかすらわからん細かさだし。
ウォッシングして完成。この長い甲板に艦爆1機だけだと寂しいな・・・
細長いスマートな船体と飛行甲板。
飛行甲板の高さより上は小さな島型艦橋のためあっさりしていますが側面はフジミ特シリーズらしい高密度。
艦首の上、飛行甲板前端には九六式25mm連装機銃が3基並んでいます。キットは真珠湾攻撃時の装備で、蒼龍自体も大戦序盤までの艦なので機銃は連装がメインで3連装は置かれていません。
1番エレベーター付近。40口径八九式12.7cm連装高角砲が1基、連装機銃がその後方に3基並んでいます。
2番エレベーター付近。ここにも連装機銃が3基、その後方に12.7cm連装高角砲があります。壁面にデコボコした構造物が目立ちますが、蒼龍は格納庫の容積を稼ぐため機関の吸気経路を内蔵せず外付けにしているためです。
3番エレベーター~艦尾。もう1基12.7cm連装高角砲があります。航空機の搭載数は常用57機・保用18機で、こう見えて祥鳳型(27+3機)や飛鷹型(48+10機)のような軽空母と較べるとかなりの搭載数を持ちます。もっとも正規空母では赤城(66+25)や加賀(72+18)に較べたらやはり中型空母となります。
艦尾乾舷には内火艇が置かれています。
所狭しという印象。
右舷側は艦尾から2基の連装機銃と、その前方に防盾付きの12.7cm連装高角砲があります。
その前方の3基の連装機銃も防盾付きとなっています。祥鳳でも右舷側後半の機銃や高角砲が防盾付きとなっていましたが、煙突の排煙避けのためでしょうか?煙突が艦橋上にある隼鷹はそうなっていません。
斜め下へ曲げられた煙突2本の前には小さな島型艦橋があります。艦の規模の割には駆逐艦の艦橋と同程度のサイズで、煙突を避けているため位置も前寄りに存在します。
時代的にまだ電探などは装備されていません。むしろ蒼龍が沈んだミッドウェー海戦では索敵の不備に泣いた事もありこれ以降一気に電探の装備が進みます。
艦橋より前の右舷側には12.7cm連装高角砲が2基並びます。
飛行甲板を上空から。左側が艦首方向です。
太平洋戦争序盤の主力艦載機は零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・九七式艦上攻撃機で、蒼龍にはそれぞれ18機ずつ搭載されていました。
九九式艦上爆撃機。日本海軍では急降下爆撃時の急加速に備えダイブブレーキの装備や、そこからの引き起こしによる高Gに耐える運動性を持つ機体を爆撃機と分類し、できないものは攻撃機に分類していました。(一方で攻撃機は魚雷による雷撃を主任務とする関係上海面スレスレを飛行する低空での飛行安定性が求められました)
航空機の黎明期において翼端失速に対処できる翼型とされた楕円翼(葉っぱのような形の主翼、現在では翼端方向へ直線的にすぼまるテーパー翼で十分とされ廃れています)、固定式の主脚、垂直尾翼付け根から前に伸びているヒレなど、外見的な特徴が多いので比較的他と見分けやすい機体です。
隼鷹と。隼鷹も大柄な空母ですが長さ方向は蒼龍の方が長いです。
一応隼鷹も就役直後の身でミッドウェー海戦には行っていたそうなのですが、完全に代わりの艦となってしまいました。
祥鳳と。航空機搭載数が倍も違う軽空母なのでかなり大きさに差があります。といっても長さ方向以外は高さも幅もあまり変わりません。
祥鳳はミッドウェー海戦の前の珊瑚海海戦で沈んでいます。1隻沈んで悲しんでたら直後にもっとでかい主力連中が4隻まとめて沈んじゃった!
鳳翔と龍驤と。2/3くらいしかありません。でも赤城は蒼龍より2周りくらい長いのです・・・
@@@
フジミの特はいつもこうだ!組んでる最中はフジミへの恨み言が出るレベルなのですが、完成してみればそれらの事は笑い話に変わり、満足度は非常に高いけどもう二度と組みたくねぇ!でも・・・また買っちゃう。
蒼龍のキットはフジミの特以外にもアオシマから出ていますが、こちらも良キットだそうです。ただアオシマ製はフジミより手を出しやすいのか同じ艦のキットだとフジミが残っててアオシマが品薄、という事がよくあります。軽巡はフジミとアオシマだったら何とかしてアオシマのを手に入れて欲しいですが、この蒼龍は根気が多少あるなら選んで良いものです。
久々のマゾい特シリーズ。箱サイズは前回の隼鷹とほぼ同じ。
蒼龍は軍縮条約によって残された保有枠の残り12630tを埋めるべく建造された中型の正規空母。1937年に竣工し、1939年には拡大改良型である飛龍と共に第2航空戦隊に配属されます。
太平洋戦争では開幕となる真珠湾攻撃から参加し、並行して行われていたウェーク島攻略へも真珠湾攻撃の直後に支援として参加。続くオーストラリア空襲やセイロン沖海戦へと参加し、太平洋戦争の序盤戦で戦果を挙げてゆきます。
しかし1942年6月のミッドウェー海戦では事前にミッドウェーを攻める事が漏れており、民衆がみんな知っているという有様。蒼龍は多数の空母と共に参加するも、手ぐすね引いて待っていた基地防衛隊により苦戦を強いられる事となります。
そして米空母ヨークタウンから発進した十数機のSBDドーントレスの爆撃により格納庫内で火災発生、誘爆と電源喪失から消火も叶わず総員退艦、乗員が駆逐艦磯風・浜風に移乗すると大爆発を起こし、艦尾から沈没してゆきました。
特シリーズといったらこうです。山盛りのパーツ群。容赦ありません。
説明書はまず縦長の大きいものが1枚。やはり取り付けた後の状態が不明な点が多く、別紙参照と書かれていながら別紙には反対側しか書かれていなかったりとイマイチ不親切。ただタラップ(小さい階段パーツ)の取り付けはどう付けるか書かれていて改善はされています(取り付けてみたら説明書と違う長さが合わないというのはお約束)。
もう1枚は小さめで主にパーツ図と外装の大まかな塗装指示。側面は左舷側だけであり右舷側が分からなくて困る事が数点あります。まあ特なんてマゾいキットを買うなら他に資料も持ってんだろ、って事かしら。
最後の1枚、説明書内でバラストを組み込んでいるものの、バラストは付属しません。という補足。前回の隼鷹で使わなかったバラストがそのまま使えそうでしたが、あちら以上に持つ時に重量があると危険なキットなので無い方が良いでしょうね。
主要パーツ群。全長のある艦なので船体や飛行甲板のパーツがとにかくデカイ。2枚ずつあるランナーは種類が1枚にまとめられているのでさほど煩雑に感じるものではありません。ただし工程ごとにパーツがまとまってたりはせず、細かいパーツが集合しているD・H・L・Mあたりのランナーはとっかえひっかえになるので重ねておかずに並べておいた方が良いです。
透明パーツは艦載機3種3枚と探照灯パーツ。
デカールは飛行甲板の白線がメイン。エレベーター上に貼るものだけはまとまっていてクリア部分が多めですが他はクリア部分がほとんどなく、白線を1本1本チマチマと貼らなければならないものの仕上がりはキレイになるはずです。
パーツが多いなら塗装はスプレー塗装をすると手間を減らせます。前回の隼鷹で使いすぎたのかこんなもんなのか、船体と飛行甲板に吹いたら尽きてしまったのでもう1本、しかし買っていたのは軍艦色2じゃなく佐世保海軍工廠標準色!いやネット注文したらさ、これが在庫ありで軍艦色2が入荷待ちだったんだよ・・・
というわけで船体と飛行甲板以外はやや濃い青味掛かった色になってしまいます。
帝国海軍の軍艦色は大まかにしか定義されておらず、各工廠で「ウチではこうこうこれこれの比率だ文句は言わせんぞ!」という感じで、東の方が薄く西の方が濃い傾向の色になっているのです。なので西の端になる佐世保工廠は一番濃い色。呉工廠は中間で、横須賀工廠はやや明るい色。ただし呉と横須賀の間にある舞鶴だけは横須賀より明るい色になります。
もっとも、ウチのように最後に大雑把なウォッシングをする場合、元の色より暗くなるので元の色を塗る段階で軍艦色に白を混ぜるなどして先に明るめにしておく、という方法もあります。
しかし撮影状況で明るくなったり暗くなったり青くなったり黄色くなったりするし、イメージや好みというのもあり、好き好きにやったら良いと思うのですよ。
船体を組み上げます。船体左右間には梁を説明書通りに選択して差し込みます。格納庫の前端や後端のパーツは上面がツライチになるまでキッチリ差し込み、それでも合わない時は上面がツライチになるよう削ります、そうしないと飛行甲板がピッタリ取りついてくれません。フジミ特シリーズの空母は他社に較べ飛行甲板の取り付けで苦労する事が多いです・・・
仮組みは入念に。この時点では「まあこんなもんだろう」と適当にしておいたら、後でズレできてピッタリいかなかったりします。ただこの蒼龍はあまり苦労はしない方かも。
マスキングをして木甲板部分を44タンで塗ります。モールドが浅くて塗膜を厚くしちゃうと埋まりそう。できればスプレーで。筆塗りなら多少ムラが残ってでも薄く。
毎回どうも木らしく無い・・・と思っていたので試しにエナメルフラットブラウンを薄めて面相筆で前後方向に木目を描くようにウォッシング。ちっとは木らしくなったかな?木甲板というのは木の種類、上空から見た場合と間近で見た場合、見た時の天気、新しい木何十年も雨ざらしになってる木とそれぞれ違いがあり正解よりも好みでやってしまうと良いでしょう。
デカールを貼ります。白線を貼るエレベーターなどのパーツは裏からセロテープ留めして飛行甲板パーツに当てておき、白線パーツを貼ってゆきます。前々回の祥鳳のデカールと同様に貼りやすい中々良いデカールです。
船体に飛行甲板を接着。押さえてないとめくれてくるので前後を輪ゴムで、中間をセロテープで留めて乾燥待ち。
艦橋→左舷側→右舷側とパーツをチマチマ取り付けてゆきます。このキットで最もツライ工程。何でここまで細分化するの・・・
あらかた取り付け終えたところ。細かいにも程があると文句をたれつつも、やはり苦労は後の笑い話。完成後はみつしりしたパーツの集合体にうっとりできます。エッチングパーツ?死ぬわ!
艦載機を組もうとしたのですが、これがまたいやらしい難物。キャノピーが別パーツなのはさすがにお節介では・・・
零戦の足パーツを飛ばしてしまったのでブン投げて99艦爆1機だけでやめます。これは固定脚で脚パーツが大きいので作業性は他に付属する零戦や97艦攻より良好。尾輪とかマジ・・・どっちが前か後ろかすらわからん細かさだし。
ウォッシングして完成。この長い甲板に艦爆1機だけだと寂しいな・・・
細長いスマートな船体と飛行甲板。
飛行甲板の高さより上は小さな島型艦橋のためあっさりしていますが側面はフジミ特シリーズらしい高密度。
艦首の上、飛行甲板前端には九六式25mm連装機銃が3基並んでいます。キットは真珠湾攻撃時の装備で、蒼龍自体も大戦序盤までの艦なので機銃は連装がメインで3連装は置かれていません。
1番エレベーター付近。40口径八九式12.7cm連装高角砲が1基、連装機銃がその後方に3基並んでいます。
2番エレベーター付近。ここにも連装機銃が3基、その後方に12.7cm連装高角砲があります。壁面にデコボコした構造物が目立ちますが、蒼龍は格納庫の容積を稼ぐため機関の吸気経路を内蔵せず外付けにしているためです。
3番エレベーター~艦尾。もう1基12.7cm連装高角砲があります。航空機の搭載数は常用57機・保用18機で、こう見えて祥鳳型(27+3機)や飛鷹型(48+10機)のような軽空母と較べるとかなりの搭載数を持ちます。もっとも正規空母では赤城(66+25)や加賀(72+18)に較べたらやはり中型空母となります。
艦尾乾舷には内火艇が置かれています。
所狭しという印象。
右舷側は艦尾から2基の連装機銃と、その前方に防盾付きの12.7cm連装高角砲があります。
その前方の3基の連装機銃も防盾付きとなっています。祥鳳でも右舷側後半の機銃や高角砲が防盾付きとなっていましたが、煙突の排煙避けのためでしょうか?煙突が艦橋上にある隼鷹はそうなっていません。
斜め下へ曲げられた煙突2本の前には小さな島型艦橋があります。艦の規模の割には駆逐艦の艦橋と同程度のサイズで、煙突を避けているため位置も前寄りに存在します。
時代的にまだ電探などは装備されていません。むしろ蒼龍が沈んだミッドウェー海戦では索敵の不備に泣いた事もありこれ以降一気に電探の装備が進みます。
艦橋より前の右舷側には12.7cm連装高角砲が2基並びます。
飛行甲板を上空から。左側が艦首方向です。
太平洋戦争序盤の主力艦載機は零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・九七式艦上攻撃機で、蒼龍にはそれぞれ18機ずつ搭載されていました。
九九式艦上爆撃機。日本海軍では急降下爆撃時の急加速に備えダイブブレーキの装備や、そこからの引き起こしによる高Gに耐える運動性を持つ機体を爆撃機と分類し、できないものは攻撃機に分類していました。(一方で攻撃機は魚雷による雷撃を主任務とする関係上海面スレスレを飛行する低空での飛行安定性が求められました)
航空機の黎明期において翼端失速に対処できる翼型とされた楕円翼(葉っぱのような形の主翼、現在では翼端方向へ直線的にすぼまるテーパー翼で十分とされ廃れています)、固定式の主脚、垂直尾翼付け根から前に伸びているヒレなど、外見的な特徴が多いので比較的他と見分けやすい機体です。
隼鷹と。隼鷹も大柄な空母ですが長さ方向は蒼龍の方が長いです。
一応隼鷹も就役直後の身でミッドウェー海戦には行っていたそうなのですが、完全に代わりの艦となってしまいました。
祥鳳と。航空機搭載数が倍も違う軽空母なのでかなり大きさに差があります。といっても長さ方向以外は高さも幅もあまり変わりません。
祥鳳はミッドウェー海戦の前の珊瑚海海戦で沈んでいます。1隻沈んで悲しんでたら直後にもっとでかい主力連中が4隻まとめて沈んじゃった!
鳳翔と龍驤と。2/3くらいしかありません。でも赤城は蒼龍より2周りくらい長いのです・・・
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フジミの特はいつもこうだ!組んでる最中はフジミへの恨み言が出るレベルなのですが、完成してみればそれらの事は笑い話に変わり、満足度は非常に高いけどもう二度と組みたくねぇ!でも・・・また買っちゃう。
蒼龍のキットはフジミの特以外にもアオシマから出ていますが、こちらも良キットだそうです。ただアオシマ製はフジミより手を出しやすいのか同じ艦のキットだとフジミが残っててアオシマが品薄、という事がよくあります。軽巡はフジミとアオシマだったら何とかしてアオシマのを手に入れて欲しいですが、この蒼龍は根気が多少あるなら選んで良いものです。
タミヤ1/700ウォーターラインシリーズの空母隼鷹です。
箱は前回・前々回の祥鳳や熊野と同じ長さで厚みが1.5倍くらい。
隼鷹は飛鷹型航空母艦に属し、姉妹艦に飛鷹があります。飛鷹型航空母艦は前回の祥鳳と同様に軍縮条約回避のため平時はその他の艦船として建造し、いざ戦時となれば空母に改装する目的で建造された艦です。ただし祥鳳が軍属の給油艦として建造が始められたのに対し、隼鷹は国が戦時には徴用するという条件で補助金を出して日本郵船により「橿原丸(かしはらまる)」として建造が開始されました。橿原丸は大型の貨客船で、いわゆる豪華客船となる船でしたが、1939年に起工、1940年には情勢の悪化から空母への改装が開始されます。竣工は開戦後の1942年5月。直後となる6月のミッドウェー海戦では4隻の正規空母が失われたため、その後は代わりの貴重な航空戦力として各地を転戦します。1944年以降は戦局の悪化から搭載する航空機が尽き、輸送艦代わりの任務ばかりになってしまいます。1944年12月にはマニラへの輸送任務からの帰途、長崎の女島付近にて米潜水艦シーデビルとレッドフィッシュの雷撃により大破、命からがら佐世保へ帰投後は修理も思うように進まず航行不能状態のまま終戦を迎えます。
ボリュームはありますが古いキットなので構成はシンプルにまとめられています。説明書は2枚ありますが一方は英語版。
説明書は縦長の1枚。元々付いてる折り目でたたむと読みづらいので項の境目で3つ折りに折り直すと作業中読みやすいでしょう。1994年に作り直されている説明書ですが、塗装指示は飛行甲板の下になる部分などが不足気味。付属の艦載機の塗装指示については全く無いので別途資料が必要です(ググれば十分ですが・・・)。
1枚ピラ紙が付属。>PS<と書いてあるランナー以外は伸ばしランナーに使うな、というもの。キットにはPSのランナーしか無いので特に気にする必要はありません。ただ自動車のキットとかだとたまにライターで炙って伸ばしたら伸びずにブチッと千切れるものとかありますね。ガンプラによく入っているABS樹脂やポリキャップなんかのランナーは伸ばしランナーには使えません。
主要パーツ群。でかいので机に全部並べられないので写真2枚。ランナー1枚が巨大なのでパーツを切り取ろうとして振り回して組み上げ中のキットにぶつけたりしないように注意しましょう。見ての通り大きいもののパーツ数はそれほど多くはありません。
静模の大型艦用ディテールアップパーツが2枚付属しますが使わなくても完成させられます。というか置き換えるべき主要パーツのディテールがほぼ同等レベルの質なので今回は不要となります。タミヤのキットではよくある事です。
1973年のキットです。今更驚きませんが、艦底パーツの下面に毛筆体で「隼鷹」とモールドされているジジ臭さに年式の古さを感じます・・・
早速手始めに船体と艦底パーツを接着しますが、艦尾あたりなどは多少合いが悪くなっているので適宜に擦り合わせてやります。
接着後、重しをしているところ。
今回は大まかな軍艦色2の塗装をスプレー塗料で行いました。住宅事情などでこれが出来ない人もいるでしょうが、やはり筆でサカサカ塗るより手間が大幅に省力できます。大きいキットほど効果が高いでしょう。
艦底色で側面のみを塗りました。こんなデカイの下面全部塗ってられませんし。
飛行甲板はマスキングして44タンで塗ります。前方の曲面はマスキングしづらかったのでフリーハンドで。ここは塗膜が厚くなると木甲板のモールドが薄いため埋まってしまい真っ平になってしまうのでできればここもスプレー塗装でやった方がきれいになるでしょう。
パーツを取り付けてゆきます。作業性は良好でタミヤのキットは組みやすさを本当に大昔からよく考えてると感心します・・・バラストは2枚付属しますが取り付けると船体が重くなりすぎて持ち上げる際に持ったところが破損する危険があるので取り付けない方が良い気がします。
さてこのキット、デカールは付属しませんので飛行甲板の白線なども自分で塗らなければなりません。とはいえモールドは刻まれているのでそれに合わせてマスキングするだけでOK。恐れる事はありません。
生乾きの内にサッとテープを引っぺがします。アレスティングワイヤー(横方向に走る着艦索)の辺りでモールドが高くなっていてそこで横に漏れるのは仕方無いのでまたタンでレタッチしてやります。
2か所矢印様の白線がありますが、これは1本づつマスキングしては塗り、乾燥後またマスキングしては塗り、とやるのが安全。
軍艦色2で細かい所をチマチマと。余力のある人は飛行甲板後端の着艦標識(赤白の縞模様)に挑戦しても良いでしょう。
ところで箱絵だと艦全体が緑色ですが、これは最終仕様での迷彩塗装であり、艦の側面には明るい緑ベースに濃い緑で輸送艦の艦影を模した迷彩が描かれていたり、甲板も瑞鳳のような迷彩柄だったようです。今回の塗装のように普通の色をしているのは姉妹艦の飛鷹共々1943年頃まででしょうか?(飛鷹も1943年後半には防火のため木甲板が剥がされるなどしてやや様相が変化していたようです。)
飛行甲板を接着する前にウォッシングをしておきます。飛行甲板の裏をフラットブラック、それ以外をジャーマングレーで大雑把にやってしまいます。エレベーターを下げた状態にする場合、説明書だと各段に艦載機を配置していますが、折角細かく塗った艦載機がほとんど見えなくなってしまうのも悲しいので特になにも置かずにしておきます。飛行甲板接着後は後部エレベーター内に物を落とさないように注意しましょう。
艦載機のランナーには静模や1994といった刻印があり、元々付いていたものではないようです。説明書中にも零戦・97艦攻・99艦爆・彗星とありますが、何か形が違います・・・
ググって形状を確認すると、1が流星、2が彩雲、3が零戦、4が天山、5が彗星のようです。車輪や搭載兵装などを軽くディテールアップしてやります。
※追記※
静模の1/700ウォーターライン日本艦載機後期型(516)と同じもののようです。そちらの内訳は1が流星改、2が彩雲、3が零戦52型、4が天山12型、5が彗星12型となっています。
塗装は上面を成型色のまま、下面をガルグレー、キャノピーを青、主翼前縁内側を黄、日の丸を赤、機首を黒、プロペラ軸を茶としました。
飛行甲板を接着後、重しをしているところ。
艦橋は飛行甲板周辺のパーツを配置。もうちょっと。
完成。大型艦ながら短期間で完成できました。
エレベーターは折角なので下げた状態にしました。上の方の白線をマスキングしている写真でもわかるように、もちろんエレベーターを上げた状態で組む事もできます。
目線を下して観察。ホントに軽空母?ってくらいデカくて迫力があります。
各部を観察。船体は豪華客船から改装しているためか艦首などかなり堂々とした形をしています。艦首の上に1基、飛行甲板先端の左右には2基ずつ4基の九六式25mm3連装機銃が装備されています。その後方に3個ずつ並んでいる箱状のものは12cm28連装噴進砲。直径12cmのロケット弾28発を一斉発射するロケットランチャーです。有効射程は1500mほどであり、無誘導のため多量に発射する飽和攻撃・・・というよりは派手な花火による威嚇程度のものだったようです。マリアナ沖海戦の後から伊勢型戦艦や航空母艦に搭載され始め、隼鷹には1944年の9月頃から装備されていたようです。
1番エレベーター付近。左舷側に2基、右舷側に1基の40口径八九式12.7cm連装砲が確認できます。キットでは再現されていませんが、単装機銃も多数配置されていたようです。
1・2番エレベーター間。左舷側には4基の3連装機銃が配置されています。
2番エレベーター付近。左舷側には1基の連装高角砲がありますが、その後方の台の上にも連装機銃が置かれていたのですが、キットでは何故か配置する指示がありません(連装機銃のパーツが1個余るので、多分本来ここの分なのでしょう)。エレベーターの左後方には21号電探が置かれています。
艦尾乾舷。両脇に内火艇、内側の1段掘り下がった部分に大発が置かれていますが、ここは上下が狭く大発はほとんど見えません。艦尾には増設された機銃台の上に3連装機銃が2基置かれています。
艦尾右舷側。3連装機銃が4基並んでいます。
右舷側艦橋付近。日本の軽空母では珍しいアイランド型艦橋。煙突は艦橋と一体化しており、艦橋の上から外側へ傾けて突き出しています。煙突の後方にあるマスト上には13号電探が取り付けられており、煙突の前方すぐの位置にも21号電探が配置されています。艦橋の後方側面に2基の連装高角砲、艦橋の直後に2基の3連装機銃。艦橋の外側壁面に1基の連装機銃、艦橋の前面と直前に2基の3連装機銃があります。
艦橋より前方右舷側。連装高角砲、墳進砲、3連装機銃2基の順に並んでいます。
甲板上の艦載機群。列の一番前の1機は艦上偵察機の彩雲。3座の高速偵察機で、この時代ではまだ珍しい偵察専用の艦上機です。1944年6月ごろから配備が始まりますが、この頃には戦局の悪化が著しく、実は艦載しての運用はされておらず専ら陸上基地から運用していました。
その後方6機のおなじみ零式艦上戦闘機。キットでは零戦のどの型かまでは書かれていませんが、何となく52型のつもりで。2機のみ増槽を装備した状態にしてあります。
更にその後方の4機は艦上爆撃機の彗星。水冷倒立V型12気筒エンジンである「アツタ」を搭載するため外国の機体のような流線型の機首を持つ小型の爆撃機です。翼下にハードポイントを持つ12型に仕立ててあります。大戦末期においては日本の工業力ではやや過ぎたものであった水冷エンジンはトラブルが絶えず、信頼性の高い空冷エンジンに換装した33型が開発されますが、こちらは主に陸上機として、また特攻機として用いられました。
その更に後ろの1機は艦上攻撃機の流星。大戦末期の艦上攻撃機ですが、名前が爆撃機系なのは攻撃機と爆撃機を兼任させるための機体として開発されたためです。胴体の側面からの中翼・逆ガル翼が特徴。流星改は流星の試作1号機が失敗作だったため改設計を施し製作された試作2号機とその量産型を流星改とする説、量産型である流星11型のうちエンジンを誉21型に換装した後期生産型を流星改とする説などがあり、あまりはっきりしていません。
列の最後尾の4機は艦上攻撃機の天山。97式艦攻の後継で配備は大戦後半となる1943年。大型高速の機体のため、低速小型の軽空母ではロケットブースターを用いて運用したりしていました。隼鷹は大型ですが速度は正規空母の30ノットには及ばない26ノットほどであったためこちらでもそうした運用がされていたかもしれません。
空母祥鳳と。艦の全長はあまり差が無いものの、飛行甲板は長さ・幅共にかなり差がある印象。
空母龍驤と。この辺りとではかなり全長の差がついてきます。
水面から飛行甲板までの高さには定評のある龍驤ですが隼鷹は更に高い位置に飛行甲板があります。
空母鳳翔と。戦艦と軽巡洋艦くらいの差があります。
軽空母ばかり4隻が揃いました。
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傑作キットの誉れ高いタミヤの隼鷹、古さは隠せないものの組みやすさ、見た目の水準はまだまだ現役を張れるものがあり、普通に薦められます。大きくて迫力もあるし、組む自体は難易度が低めなので残った余力を作りこむ事に費やせるのです。スキルアップにも良好な教材となります。惜しいのは姉妹艦の飛鷹が無い事でしょうか。隼鷹も短い戦中の現役期間の中でもいくつかの形態があり、改造によりそれらや飛鷹を再現するのも面白いでしょう。もちろん普通にサッと組んでも全然OKです。
箱は前回・前々回の祥鳳や熊野と同じ長さで厚みが1.5倍くらい。
隼鷹は飛鷹型航空母艦に属し、姉妹艦に飛鷹があります。飛鷹型航空母艦は前回の祥鳳と同様に軍縮条約回避のため平時はその他の艦船として建造し、いざ戦時となれば空母に改装する目的で建造された艦です。ただし祥鳳が軍属の給油艦として建造が始められたのに対し、隼鷹は国が戦時には徴用するという条件で補助金を出して日本郵船により「橿原丸(かしはらまる)」として建造が開始されました。橿原丸は大型の貨客船で、いわゆる豪華客船となる船でしたが、1939年に起工、1940年には情勢の悪化から空母への改装が開始されます。竣工は開戦後の1942年5月。直後となる6月のミッドウェー海戦では4隻の正規空母が失われたため、その後は代わりの貴重な航空戦力として各地を転戦します。1944年以降は戦局の悪化から搭載する航空機が尽き、輸送艦代わりの任務ばかりになってしまいます。1944年12月にはマニラへの輸送任務からの帰途、長崎の女島付近にて米潜水艦シーデビルとレッドフィッシュの雷撃により大破、命からがら佐世保へ帰投後は修理も思うように進まず航行不能状態のまま終戦を迎えます。
ボリュームはありますが古いキットなので構成はシンプルにまとめられています。説明書は2枚ありますが一方は英語版。
説明書は縦長の1枚。元々付いてる折り目でたたむと読みづらいので項の境目で3つ折りに折り直すと作業中読みやすいでしょう。1994年に作り直されている説明書ですが、塗装指示は飛行甲板の下になる部分などが不足気味。付属の艦載機の塗装指示については全く無いので別途資料が必要です(ググれば十分ですが・・・)。
1枚ピラ紙が付属。>PS<と書いてあるランナー以外は伸ばしランナーに使うな、というもの。キットにはPSのランナーしか無いので特に気にする必要はありません。ただ自動車のキットとかだとたまにライターで炙って伸ばしたら伸びずにブチッと千切れるものとかありますね。ガンプラによく入っているABS樹脂やポリキャップなんかのランナーは伸ばしランナーには使えません。
主要パーツ群。でかいので机に全部並べられないので写真2枚。ランナー1枚が巨大なのでパーツを切り取ろうとして振り回して組み上げ中のキットにぶつけたりしないように注意しましょう。見ての通り大きいもののパーツ数はそれほど多くはありません。
静模の大型艦用ディテールアップパーツが2枚付属しますが使わなくても完成させられます。というか置き換えるべき主要パーツのディテールがほぼ同等レベルの質なので今回は不要となります。タミヤのキットではよくある事です。
1973年のキットです。今更驚きませんが、艦底パーツの下面に毛筆体で「隼鷹」とモールドされているジジ臭さに年式の古さを感じます・・・
早速手始めに船体と艦底パーツを接着しますが、艦尾あたりなどは多少合いが悪くなっているので適宜に擦り合わせてやります。
接着後、重しをしているところ。
今回は大まかな軍艦色2の塗装をスプレー塗料で行いました。住宅事情などでこれが出来ない人もいるでしょうが、やはり筆でサカサカ塗るより手間が大幅に省力できます。大きいキットほど効果が高いでしょう。
艦底色で側面のみを塗りました。こんなデカイの下面全部塗ってられませんし。
飛行甲板はマスキングして44タンで塗ります。前方の曲面はマスキングしづらかったのでフリーハンドで。ここは塗膜が厚くなると木甲板のモールドが薄いため埋まってしまい真っ平になってしまうのでできればここもスプレー塗装でやった方がきれいになるでしょう。
パーツを取り付けてゆきます。作業性は良好でタミヤのキットは組みやすさを本当に大昔からよく考えてると感心します・・・バラストは2枚付属しますが取り付けると船体が重くなりすぎて持ち上げる際に持ったところが破損する危険があるので取り付けない方が良い気がします。
さてこのキット、デカールは付属しませんので飛行甲板の白線なども自分で塗らなければなりません。とはいえモールドは刻まれているのでそれに合わせてマスキングするだけでOK。恐れる事はありません。
生乾きの内にサッとテープを引っぺがします。アレスティングワイヤー(横方向に走る着艦索)の辺りでモールドが高くなっていてそこで横に漏れるのは仕方無いのでまたタンでレタッチしてやります。
2か所矢印様の白線がありますが、これは1本づつマスキングしては塗り、乾燥後またマスキングしては塗り、とやるのが安全。
軍艦色2で細かい所をチマチマと。余力のある人は飛行甲板後端の着艦標識(赤白の縞模様)に挑戦しても良いでしょう。
ところで箱絵だと艦全体が緑色ですが、これは最終仕様での迷彩塗装であり、艦の側面には明るい緑ベースに濃い緑で輸送艦の艦影を模した迷彩が描かれていたり、甲板も瑞鳳のような迷彩柄だったようです。今回の塗装のように普通の色をしているのは姉妹艦の飛鷹共々1943年頃まででしょうか?(飛鷹も1943年後半には防火のため木甲板が剥がされるなどしてやや様相が変化していたようです。)
飛行甲板を接着する前にウォッシングをしておきます。飛行甲板の裏をフラットブラック、それ以外をジャーマングレーで大雑把にやってしまいます。エレベーターを下げた状態にする場合、説明書だと各段に艦載機を配置していますが、折角細かく塗った艦載機がほとんど見えなくなってしまうのも悲しいので特になにも置かずにしておきます。飛行甲板接着後は後部エレベーター内に物を落とさないように注意しましょう。
艦載機のランナーには静模や1994といった刻印があり、元々付いていたものではないようです。説明書中にも零戦・97艦攻・99艦爆・彗星とありますが、何か形が違います・・・
ググって形状を確認すると、1が流星、2が彩雲、3が零戦、4が天山、5が彗星のようです。車輪や搭載兵装などを軽くディテールアップしてやります。
※追記※
静模の1/700ウォーターライン日本艦載機後期型(516)と同じもののようです。そちらの内訳は1が流星改、2が彩雲、3が零戦52型、4が天山12型、5が彗星12型となっています。
塗装は上面を成型色のまま、下面をガルグレー、キャノピーを青、主翼前縁内側を黄、日の丸を赤、機首を黒、プロペラ軸を茶としました。
飛行甲板を接着後、重しをしているところ。
艦橋は飛行甲板周辺のパーツを配置。もうちょっと。
完成。大型艦ながら短期間で完成できました。
エレベーターは折角なので下げた状態にしました。上の方の白線をマスキングしている写真でもわかるように、もちろんエレベーターを上げた状態で組む事もできます。
目線を下して観察。ホントに軽空母?ってくらいデカくて迫力があります。
各部を観察。船体は豪華客船から改装しているためか艦首などかなり堂々とした形をしています。艦首の上に1基、飛行甲板先端の左右には2基ずつ4基の九六式25mm3連装機銃が装備されています。その後方に3個ずつ並んでいる箱状のものは12cm28連装噴進砲。直径12cmのロケット弾28発を一斉発射するロケットランチャーです。有効射程は1500mほどであり、無誘導のため多量に発射する飽和攻撃・・・というよりは派手な花火による威嚇程度のものだったようです。マリアナ沖海戦の後から伊勢型戦艦や航空母艦に搭載され始め、隼鷹には1944年の9月頃から装備されていたようです。
1番エレベーター付近。左舷側に2基、右舷側に1基の40口径八九式12.7cm連装砲が確認できます。キットでは再現されていませんが、単装機銃も多数配置されていたようです。
1・2番エレベーター間。左舷側には4基の3連装機銃が配置されています。
2番エレベーター付近。左舷側には1基の連装高角砲がありますが、その後方の台の上にも連装機銃が置かれていたのですが、キットでは何故か配置する指示がありません(連装機銃のパーツが1個余るので、多分本来ここの分なのでしょう)。エレベーターの左後方には21号電探が置かれています。
艦尾乾舷。両脇に内火艇、内側の1段掘り下がった部分に大発が置かれていますが、ここは上下が狭く大発はほとんど見えません。艦尾には増設された機銃台の上に3連装機銃が2基置かれています。
艦尾右舷側。3連装機銃が4基並んでいます。
右舷側艦橋付近。日本の軽空母では珍しいアイランド型艦橋。煙突は艦橋と一体化しており、艦橋の上から外側へ傾けて突き出しています。煙突の後方にあるマスト上には13号電探が取り付けられており、煙突の前方すぐの位置にも21号電探が配置されています。艦橋の後方側面に2基の連装高角砲、艦橋の直後に2基の3連装機銃。艦橋の外側壁面に1基の連装機銃、艦橋の前面と直前に2基の3連装機銃があります。
艦橋より前方右舷側。連装高角砲、墳進砲、3連装機銃2基の順に並んでいます。
甲板上の艦載機群。列の一番前の1機は艦上偵察機の彩雲。3座の高速偵察機で、この時代ではまだ珍しい偵察専用の艦上機です。1944年6月ごろから配備が始まりますが、この頃には戦局の悪化が著しく、実は艦載しての運用はされておらず専ら陸上基地から運用していました。
その後方6機のおなじみ零式艦上戦闘機。キットでは零戦のどの型かまでは書かれていませんが、何となく52型のつもりで。2機のみ増槽を装備した状態にしてあります。
更にその後方の4機は艦上爆撃機の彗星。水冷倒立V型12気筒エンジンである「アツタ」を搭載するため外国の機体のような流線型の機首を持つ小型の爆撃機です。翼下にハードポイントを持つ12型に仕立ててあります。大戦末期においては日本の工業力ではやや過ぎたものであった水冷エンジンはトラブルが絶えず、信頼性の高い空冷エンジンに換装した33型が開発されますが、こちらは主に陸上機として、また特攻機として用いられました。
その更に後ろの1機は艦上攻撃機の流星。大戦末期の艦上攻撃機ですが、名前が爆撃機系なのは攻撃機と爆撃機を兼任させるための機体として開発されたためです。胴体の側面からの中翼・逆ガル翼が特徴。流星改は流星の試作1号機が失敗作だったため改設計を施し製作された試作2号機とその量産型を流星改とする説、量産型である流星11型のうちエンジンを誉21型に換装した後期生産型を流星改とする説などがあり、あまりはっきりしていません。
列の最後尾の4機は艦上攻撃機の天山。97式艦攻の後継で配備は大戦後半となる1943年。大型高速の機体のため、低速小型の軽空母ではロケットブースターを用いて運用したりしていました。隼鷹は大型ですが速度は正規空母の30ノットには及ばない26ノットほどであったためこちらでもそうした運用がされていたかもしれません。
空母祥鳳と。艦の全長はあまり差が無いものの、飛行甲板は長さ・幅共にかなり差がある印象。
空母龍驤と。この辺りとではかなり全長の差がついてきます。
水面から飛行甲板までの高さには定評のある龍驤ですが隼鷹は更に高い位置に飛行甲板があります。
空母鳳翔と。戦艦と軽巡洋艦くらいの差があります。
軽空母ばかり4隻が揃いました。
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傑作キットの誉れ高いタミヤの隼鷹、古さは隠せないものの組みやすさ、見た目の水準はまだまだ現役を張れるものがあり、普通に薦められます。大きくて迫力もあるし、組む自体は難易度が低めなので残った余力を作りこむ事に費やせるのです。スキルアップにも良好な教材となります。惜しいのは姉妹艦の飛鷹が無い事でしょうか。隼鷹も短い戦中の現役期間の中でもいくつかの形態があり、改造によりそれらや飛鷹を再現するのも面白いでしょう。もちろん普通にサッと組んでも全然OKです。